第九十三話 魔法使い4
何の変化もない景色の荒野では、時間の進みが感じられない。いったいどれぐらいにらみ合っているのか、誰にも計れなかった。
「……この荒れ地は…」
とフーレンがつぶやく。フィレックが驚いて振り返り、アイレスたちもフーレンの二の句に集中した。
「山の内側を思い出す…。木も、水も、なかった……」
「………」
「………」
フーレンの目から涙が流れていた。アイレスたちがフーレンの涙を見るのはもちろん初めてであった。
「『ワールディア』さえあれば…、手に入れることができれば……!」
そう言うなり、フーレンの目と翼がカアッと光った。目はいつもの白色で、翼はフォアルに似た薄い緑色だ。
「よせ! フーレン、無茶するな!」
フィレックが制止しようとしたが、フーレンは片羽を巧みに回転させて上昇し、涙を流しながら天に向かってほえるように叫んだ。
「ああ、どうして、どうしてわたしたちだけが! あの地だけが!! 【オジマ、サンテンイ】!」
大空に薄く広がる層雲が渦を巻き、その中心に向かって急激に冷たくなった風が吸い込まれていく。
「わたしの! わたしの! わたしの翼は帰ってこない!! ああ、フェアレ、フェアレ! 『ワールディア』がさっさと手に入りさえすれば! 【ロエア】! 【ジービンボ】!」
羽ばたかずとも風圧がフーレンを宙にとどめている。フーレンの前に竜巻のように渦になった空気の塊が出現した。フーレンの身長の何十倍もの大きさがあり、ところどころ放電している。
「あれは…!」
「まずいぞ!!」
ケーワイドは杖を振り上げ、瞬時にアイレスたち仲間を防壁魔法で囲った。直後、フーレンは獣のような叫び声とともに空気の塊を風圧で投げ飛ばした。地が四方八方に裂け爆発音が耳をつんざく。衝撃波がしばらくやまなかった。
「皆、無事か!?」
防壁魔法を解くと風があちこちから吹きつけた。
「おい、ユーフラは?」
ドゥナダンが声を上げる。確かにユーフラの姿が見えない。
「なんでだ!? ユーフラー!!」
砂塵がもうもうと立ちこめる中で目を凝らし、アイレスたちは口を覆いながら呼びかけた。徐々に視界が晴れてくる。
「フーレン…、何考えてんの、あんた…!」
ユーフラはフィレックら白い人たちの前に立ち、強力な防壁魔法で彼らを守っていた。ケーワイドが防壁魔法を使う直前、師匠の魔力に抗い防壁から抜け出して、フィレックたちの元へ移動魔法で移っていたのだ。そうしていなければ白い人たちは爆発に巻きこまれるか、大地の裂け目に真っ逆さまに落ちていただろう。
「自分の仲間の安全も考えず魔力を暴走させるなんて、魔法使いの風上にも置けないわ。その翼、たたっ切ってくれる! 覚悟なさい!!」
風に乗るように跳躍しながら、ユーフラは懐から小さな刀を取り出して自分の髪を切った。その髪が見る間に形を変え、漆黒の柄を持つ剣に変わった。アイレスたちはもちろんケーワイドでさえ、怒涛のごとき魔法の展開に見ているのがやっとであった。




