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WORLDEAR  作者: ちひろ
第一章
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第九話 追っ手

 二の月を背に、翼を持つ白い女は悠々と飛び続けた。眼下に数千人の大群を見つけ、その先頭に降り立った。

「…フーレン、早かったな。調子は戻ったか?」

 先頭の車椅子の男がそうたずねたが、女は視線をそちらに向けることもせず、何も答えなかった。

「朝まで眠ろう。フーレンの毛布はあるか?」

 隣にいた者が無言で毛布を差し出した。男は「ありがとう」と一言告げたが、それに応えはなかった。

「気づいたことはあったか?」

 やはり反応はない。毛布を肩にかけ、空を見つめている。フーレンと呼ばれたその女はしばらくして、ポツリとつぶやいた。

「……何か…、食べ物…」

 小さな携行食を与えると何も言わずに平らげた。男は周囲を見渡し、水底に沈む(おり)のように身動きせず眠る数千人の白い人に混ざり、自らも眠りについた。もうすぐ夜が明ける。



 鋭い日光に当てられ、ウェール村のセルク・ラムダ村長は重い頭を起こした。妻が脇机に新しく温かい茶を置いてくれている。

「あなた、村の方が来てますよ」

「ああ、すまない」

 茶を一気飲みする。熱が胃にまっすぐ落ちていくのが分かった。居間に数人の村人が待ち構えていた。妻の作った軽食をつまんでいる。

「村長、朝から申し訳ありません。例の抜け穴までお越しいただけませんか?」

「是非もない。行こう」

 妻の焼き菓子をひとつ口に放りこみ、無造作に上着をつかみ抜け穴に急いだ。

 村の住人は一様に落ち着かない表情で、身辺の整理をしたり、農作物を干して保存できるよう手を加えている。穴の周囲に数名の村人がいた。大工や自警団員など、屈強な者たちが農具を持って横穴から出てきた。

「村長、壁は穴の中には続いていませんよ」

「どういうことだ?」

 自警団長は地面に図を書きながら説明し始めた。半球状の魔法の壁は村全体を覆っているが、抜け穴を遮ってはいない。壁がモクラス山脈の斜面に接している部分は山の内部深くまで続いていない可能性があるというのだ。

「試す価値はあるな。穴や山の裾野から、脱出用の横穴を新しく掘れないか、若い男は総出でとりかかってくれ!」

「はい!」

 脱出が可能だとして、その後白い人の大群とケーワイドたちを追うことになるのか。それを率いるのは誰になるのか。自分か? 村長には村を治める政治の経験しかなかった。脱出の目途が立つ前に自警団長と方針を決めておかなくては、と考えながら、村長は村中の視察をくまなく行った。



 青空から3羽の小鳥が落ちてきた。ポルテットが素早く拾いに駆けつける。

「セプルゴすごい! 3発とも命中だ!」

「こつがあるんだ。石を投げる軌道をよく定めて…、ヨッ!」

 セプルゴが放った小石は正確にはるか上空を飛ぶ小鳥の頭に当たり、小鳥はドゥナダンの近くに落ちてきた。

「相変わらずセプルゴはすごいな…」

 体に傷ひとつない状態の小鳥をつかみ、ドゥナダンは改めて感心した。ファレスルは鳥の首をひねって息の根を止め、料理用の小刀で器用にさばき、骨だけを鍋に放って煮こんでいく。

「アイレスー、ユーフラー! 何かあったかーい?」

 ファレスルの呼びかけた先ではアイレスたちがこちらに向かってきていた。

「あまり見つからなかったけど、これの根は食べられるでしょう?」

「充分だ。これはいい出汁が出るよ。ユーフラは?」

「木の実を少し。いけるかしら?」

「もちろん。これは炒って食べよう。保存もきくよ。それともすりつぶして焼こうかな」

 トールクは木陰で木をけずって即席の食器を作っている。その隣でケーワイドはぼんやり一行を眺めていた。少し眠くなる。実にうららかな日だ。

 少し風向きが変わった。ケーワイドは立ち上がって辺りを見渡した。ユーフラも何かを嗅ぎつけたように風下を見つめた。ユーフラと一緒に野生の根菜を刻んでいたアイレスも、ふたりの様子に気づいて顔を上げた。

「……ケーワイド」

「ああ、来るぞ、ユーフラ」

 ユーフラも立ち上がった、その視線の先の草原に竜巻のように強い風が巻き起こった。ファレスルが反射的に食材を守る。鍋の火はすべて吹き消された。

 舞い散る草葉が落ち着き、やみつつある風の方には、数えきれないほど大勢の人が現れていた。こちらに大群が向かってくる気配は一切なかったにも関わらず、何の前触れもなく何千人もの人が目の前に出現したのだ。

「…え…!? どういう…?」

「アイレス!!」

 ドゥナダンがアイレスのすぐそばまで駆けつけている。大槍を大群の方に向け、アイレスを守りながら構えた。

 大群は皆粗末な身なりで、まともな旅装束とは言えなかったが、手には農具や簡素な剣が握られている。色素が薄いなどという域ではなく、髪も肌も目も真っ白であった。一様に無表情で、感情が読めない。先頭にいる男は車椅子に座って、目のみ出して顔全体を布で覆っており、一層表情が読めなかった。男の横には背に翼の生えた女がいる。その女の目は誰よりも濁っていた。

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