第八十九話 ケーワイドとユーフラの魔法講座
久しぶりの店でとる食事だ。食べ盛りのポルテットは、名物の煮込みも根菜の素揚げも瓜の浅漬けもペロリと平らげた。ファレスルがうんちくをたれながらこれもまた完食。皆が皆、料理を堪能していた。
「あー、食べた食べた!」
「ケーワイド、持って帰るんですか?」
「そんなに? これ日もちはしないと思いますよ」
ケーワイドは店員に言い、蓋つきの容器に煮込み料理を持ってこさせていた。
「私の魔法にかかればこの程度、作りたてのうまさを保ちつつ持っていける。10日はもつぞ」
よほど気に入ったのであろう、大切そうに両手で持った容器を魔法で消し、こちらに向かって片目をつむった。
「へえ、魔法は食べ物の鮮度まで操作できるのか」
ドゥナダンが感心していると、ユーフラがクスリと笑った。腰まであった髪に魔力を宿していたユーフラ。以前は耳より上の髪をまとめて結っていたが、フーレンとの対決で肩下にまで短くなり、結わずに下ろしているだけになった。
「そんな魔法はケーワイドにしか使えないわよ。どうしてるんでしたっけ?」
「『器』の内を無菌に保って、そのまま真空状態で…」
「ちんぷんかんぷんだ」
皆は額に手をやり天井を仰ぎ見た。
「うまさを長く保つために物が腐る過程を研究したのだ。これは私が確立した魔法の中で最高傑作だと思うとる」
「わたしには真似できませんわ、いろんな意味で。魔力も足りませんしね」
そうした魔法使いたちのかけ合いに、ポルテットが身を乗り出してたずねた。
「ねえ、ケーワイド。魔法ってさ、どうやってるんですか?」
もっとも根本的な問いであり、もっとも難しい問いだ。ケーワイドはユーフラに目配せし、素知らぬ顔で目を閉じた。ユーフラは「まったくもう」と言わんばかりの表情で、魔法で水が入った椀を出した。
「魔法というのはね、その人が持っている『器』の中身を出し入れすることなのよ」
小難しいケーワイドの説明を話半分で聞いていたファレスルも聞き入りだした。ユーフラが指を一振りすると、椀はしぼむように小さくなっていく。そして途中で水は食卓にこぼれた。
「『器』が小さいと中に入れておける量が限られるわね。これが魔力の差になるわけなの」
もう一度椀に魔法をかけると、大きめの椀になった。
「それから『器』が大きくても、どうやって中身を満たすか、中身を取り出すかを知らないと魔法は使えないのよ」
「それを鍛えるために修行するわけだな」
セプルゴがつぶやくと、ケーワイドは大きくうなずいた。
「でもさ、でもさ」
ますますポルテットは話に食いついた。目が爛々と輝いている。
「風を起こすとか、火をつけるとかは? 怪我治すやつは?」
そう言われると、アイレスたちも魔法の仕組みが気になってきた。移動魔法も、防壁魔法も、荷物から中身を出すような単純な話ではあるまい。ケーワイドは杖を手にして立ち上がり、
「よし! では、今夜は魔法について皆の疑問に可能な限り答えて進ぜよう。宿に戻るぞ。道々、質問を考えておくようにの」
と意気揚々と告げた。
「やったあ! 分かったらフォアルとしゃべれる?」
「そんなに甘くないわよ。わたしに弟子入りなさい」
夜は長い。一の月が地平線から顔をのぞかせた。




