第八十五話 対決
予期せぬ急襲を受け、ユーフラは両足を大地に踏ん張り凍てつく風を分散させた。
「【ドゥンフェーディ】! 【イーリン】!」
後から後から吹きつけるこの風をユーフラが頬に受けるのは初めてではなかった。
「ユーフラ!!」
すぐ背後からケーワイドの声がするが、ユーフラはそれを無視して風の中心をにらみつけた。方々へ散る風は森の樹木を際限なく攻撃し、枝葉は乾燥した冷気を受けて色を失っていった。
「ケーワイド、下がって!」
一言叫んでユーフラは森の保護から逃れ、ひとり飛びだした。ユーフラ自身も濃厚な空気を身体中にまとっており風を寄せつけない。
「……やっぱり…」
風の源に立ち向かうと、そこにはなぜか両翼を持つフーレン、車椅子に座すフィレック、そして30人ばかりの白い人が整然と並び武器を構えていた。全員の瞳に強い意思が宿っている。
「【ジーリウド、ノーガラウ】…」
翼を広げたフーレンは新たに魔法を繰り出そうとした。すぐさまユーフラは外套と荷物を投げ捨て身軽になり、右手の人差し指で空中に大きな渦を描いて竜巻を起こし、フーレンの風を弾き飛ばした。
「【ドゥーヴィディ】! 【イーリン、ジューシェ】!」
間髪入れずユーフラは次の呪文を叫び、そのまま竜巻を二分させて白い人たちを取り囲んでいった。フーレンだけが翼を羽ばたかせてそこから逃れ、さらに翼であおぐようにしてフィレックたちを囲む竜巻を吹き飛ばした。
「ユーフラ、下がれ!」
横からケーワイドの杖が伸び、ユーフラの勢いを遮ろうとした。炎のような魔力がケーワイドを覆っている。それに呼応してすぐ背後の森がザワザワと騒ぎだした。
「いけません、ケーワイド。この森の側ではケーワイドの魔法は嫌悪されます。それに…」
フーレンはフィレックたちを助け終え、再びこちらに向かおうとしている。翼を操り一際強い風を起こそうというのが見てとれた。
「わたしもフーレンも風を使います! ケーワイドの炎は相性が悪い!」
と言って跳びながら、ユーフラは空気の層を作ってフーレンの風を相殺させた。風に対峙するのに炎は使いづらいということをケーワイドはもちろん分かっていた。共闘するにはこれ以上の好相性はないが、対決するには分が悪い。フーレンに対してはなるべく雷や他の魔法を仕向けるようにしていた。しかしどちらにしろ、森の近くで雷は使いたくない。ケーワイドの側に再び降り立ったユーフラはいつになくニヤリと笑い、
「……そろそろ手合せしたいと思っていたのです」
とつぶやいた。フワリと髪を逆立たせながらユーフラは師を圧倒した。気がつくとフィレックたちもフーレンから1歩下がり、女の戦いを見守っている。余計な横槍を入れるのは野暮だとでも言うように。ケーワイドも観念し、防壁魔法で木々を守りながら下がった。
「ケーワイド! いいんですか!?」
アイレスたちはユーフラを心配し問いつめたが、ただならぬユーフラの雰囲気と、本当は誰よりも心配しているに違いないケーワイドの複雑な心情を読みとって、ゴクリと固唾を飲んで魔法対決を見届けることにした。薄く雲がかかってきた。ひんやりした自然の風がユーフラとフーレンの間を横切る。
「【ルーク】! 【ダンラグル、マヴェント】!」
先に仕掛けたのはフーレンだった。両の翼でもって大気を激しく流動させ、小さなつむじ風をいくつも発生させた。ねずみのように縦横無尽に動き回りながら様々な方向から立て続けにユーフラを襲っていった。
「【ティーヴィエ】! 【ユージリコ】!」
ユーフラはつむじ風の道筋を正確に見抜き、渦巻く風を自分から反らし、逆にフーレンの方へまとめてぶつけた。つむじ風同士が衝突し爆発音がした。大地が陥没している。
「すごい……」
アイレスたちは手を握りしめながら砂ぼこりの中心に目を凝らした。フーレンは服が多少裂けているが、平衡を崩すことなく宙に浮いたままだ。アイレスはケーワイドの横顔をちらりと見上げた。脂汗だらけで目は血走っている。心配しているというより、共に戦っているような表情だった。
ユーフラの全身を紫色の光が包むのと、同様にフーレンを白い光が包むのはほぼ同時であった。ふたりともブツブツと呪文を唱えている。そして決然とにらみ合い、互いに向けて全魔力を振りしぼった。
「【ノーガラウ】!!」
「【タルフォ】! 【ウールフ】!!」
突風が正面からぶつかり合う。アイレスたちには歯を食いしばるユーフラだけが見えた。
「…ァアアッッ!!」
初めて見るユーフラの顔だった。若干赤みを帯びた紫色に目を光らせ、気迫のこもった叫びと共に大気を巻きこんで威力を増していった。ユーフラを中心として風が勢いよく流れていき、反対に周囲の気圧が下がる。防壁魔法のこちら側にいながらも吸い寄せられそうになったフォアルはケーワイドの外套の中に隠れた。しばらくすると拮抗していた風の境目が徐々にユーフラの方へ下がっていく。
「ユーフラ……!」
ケーワイドは杖を握りしめ逡巡していた。ユーフラの腰が引けていき、今にも膝をつきそうになる。
「ケーワイド、止めましょう!」
セプルゴがケーワイドの肩をつかんだ。ケーワイドの目には明らかに迷いがある。アイレスもケーワイドの腕にすがって言った。
「止めてください! できないんですか!?」
しかしユーフラが一気に風を加勢させてフーレンの魔力を弾き飛ばした。ふたりの風はやみ、フーレンは地上に降り立った。どちらも肩で息をしている。ユーフラは大きく深呼吸しながら手の甲で額の汗をぬぐってピッと払った。
「アイレス、よく見い」
そうケーワイドに言われてふたりを見ると、ユーフラはフーレンをにらみつけながら笑っていた。フーレンの表情は相変わらずだが、焦点がぴたりとユーフラの視線と交差している。
「もどかしいが、ああなっては止められん」
この感覚をアイレスも知っていた。ドゥナダンたちについていくためにファレスルと対決した際に、自分も同じ目をしていたはずだ。
(今のはそう、つば迫り合いだわ。多分、次が勝負…)
「次で決まるぞ。ドゥナダン、いざとなったらこれで防壁魔法を出しなさい。できるな?」
ケーワイドは光る小石をそっとドゥナダンに握らせ、ポルテットにフォアルを託した。そして自身は外套を翻して身構えた。いつでも飛びだそうという気なのが分かった。




