第八十二話 初めての友だち
人好きのする笑顔で話しかけたポルテットに、ルウェンナと名乗った少女は花を1輪手折り無言で差し出した。
「…僕に?」
ルウェンナは何も言わずコクリとうなずいた。父チェルクとケーワイドは驚いて顔を見合わせたが、次の瞬間チェルクはハッとしたようにケーワイドから顔を背けた。
「ありがとう! 僕は何も持ってないから…」
「お話しして」
森で草花を育てながらひっそりと暮らす少女の瞳は、おびえたように揺れつつも、ポルテットにのぞきこまれた視線から逃げていなかった。ケーワイドがコソッと、
「いいのか?」
とチェルクにたずねたが、無言でチェルクはその場から少し離れ、木の実を集め始めた。別に構わない、という意思表示であろう。
「話って? どんな話?」
「…ポルテットの住んでるところの話」
唐突に名を呼ばれポルテットは驚いたが、表情は色を帯びたように明るくなった。そしてすぐにポルテットはケーワイドらの方を見やり様子をうかがう。大人に囲まれて過ごすうちに身につけた処世の術なのだろう。ケーワイドたちはニコリと笑って、思わぬ出会いを歓迎した。
「ちょうど休憩しようと思っとった。美しい花畑に癒されるとしようか」
「ポルテット、君にしても私らと話してるより、歳が近い子としゃべる方が気が楽だろ」
ファレスルはその場に腰をおろして、秘蔵の漬け物の手入れをし始めた。ドゥナダンとセプルゴは花畑の土に触れて研究しだす。トールクにいたっては柔らかな草地を見つけて寝転んでしまった。トゥライト平原での決戦以来、心静かに過ごせるのは初めてだ。
ポルテットはアイレスを誘って、ルウェンナと3人で木陰に座り語りかけた。
「僕たちが住んでいるのはウェール村っていう小さな村で…」
「むらって何?」
ルウェンナは森の外の世界を知らないようであった。
「村…、うーん、たくさん人が住んでるところを村とか町とかっていうんだけど」
「たくさんってどれぐらい?」
「ウェール村は3000人ぐらいね。大きい町は何万人も住んでるよ」
アイレスの答えに、ルウェンナは実感がわいていない素振りを見せた。
「たくさん人がいてね、いろんな仕事をしている人がいるんだよ」
「…しごと? 何、それ?」
「仕事かあ。アイレス、仕事って何て言ったらいいんだろう?」
「そう言われると難しいね。生きていくために自分を活かすこと、かなあ…?」
「漠然としすぎだよー」
日が傾き風が冷えてきたが、ポルテットとルウェンナはいつまでも話していた。
「それで、魔法の小舟で空を飛んだのね」
「そう! 僕もはしゃぎすぎて酔った酔った!」
「よったって? どういうこと?」
ルウェンナは知らないことを何でもポルテットにたずねた。ポルテットにとって仲間は皆年上で、気兼ねすることなくしゃべることができるのは新鮮であった。
優しく降り注いでいた木もれ日が弱くなり、森を闇が包み始めた。周辺のきのこを収集していたチェルクが、ルウェンナの元へ戻ってきた。
「帰るぞ」
と言って娘の手をとる。ポルテットとのおしゃべりを中断させられ、ルウェンナは花で満たされたかごを背負いながら、名残惜しそうに立ち上がった。
「いろいろ話せて楽しかったよ、ルウェンナ。また帰りにこの森に寄るからね」
「うん。ポルテット、ありがとう」
子どもながらに一期一会をかみしめている。ふたりを何とはなしに見ていたチェルクが、
「この森の妖精は夜になると活発になる。土地の者でないとどんないたずらをされるか分からない。……厄介事はごめんだ。一晩泊まっていけ」
と、苦々しげにケーワイドに視線を移しながら言った。
「…良いのか?」
「どうせあてにしていたんだろう。ただとは言わないぞ」
「悟られておったか。もちろん、ウェール村の上等の酒を持ってきておるよ」
森で小火を起こし一悶着あったとはいえ、ケーワイドはここにも頼れる知り合いがいたのだ。
「じゃあ遠慮なく! ありがとう、ルウェンナ、チェルクさん!」
花畑の方々に散っていた仲間たちも、ぼちぼちといった様子でやってきた。
「なあドゥナダン、頼んでみよう?」
ずっと土いじりをしていたドゥナダンとセプルゴは両手に土を盛ってチェルクに駆け寄った。
「私たちも植物を育てることを生業としてまして。この土が実に興味深い。少し持ち帰っても構いませんかね?」
「しっとりと水を含んでいるのに空気の通りが良さそうですよね」
大男は熱心なふたりを不思議そうに見てうなずいた。
「別に構わない。いくらでもあるのだから」
目を輝かせたドゥナダンはこぶしぐらいの量の土を布に包んだ。セプルゴは自分の頭より大きい土の塊を荷物に入れようとして四苦八苦している。
「それは無理でしょう? あきらめたら?」
「お、ユーフラ、心の友よ! 君の魔法をもってすればこれぐらいの荷物はわけないな!」
「まったくわざとらしいったら」
口をとがらせながらユーフラは土を手元から消した。それを見ていたルウェンナが、ポルテットの服の袖を引っ張った。
「ねえ、ともって何?」
「ん? 友だちのことだよ」
「ともだちって?」
ポルテットの動きが止まった。小首をかしげたルウェンナをじっと見つめ、丁寧に言葉を探す。
「…いっぱいしゃべったり、遊んだり、助け合ったりして、気持ちが通じるようになった人のことだよ」
「ポルテットは、ともだち?」
おそらくルリの森から出たことのないルウェンナ。友だちと呼べる存在は今までいなかったのだろう。ポルテットはルウェンナの正面に回って笑った。
「もちろん! 今日から僕とルウェンナは友だちだよ」
それを聞いたルウェンナも満足そうに微笑んだ。足元に咲き乱れる花のように可憐な笑顔だった。




