第八十一話 森の民
鬱蒼と生い茂る木々が少なくなってきた。木もれ日が足元をキラキラと照らす。ケーワイドの肩にとまっていたフォアルが、何かに気づいて前方を目指して飛び立った。
「フォアルー、どうしたのー?」
小走りでポルテットが追いかける。
「うわあ、みんな、来て来て! 花畑だ!」
ポルテットは軽やかに跳ねながらこちらを振り返った。手には先ほどアイレスがドゥナダンから手渡された花の色違いが握られている。ウェール村で母と一緒に花を栽培しているドゥナダンは、
「へえ、行こう!」
とアイレスの手をとって急いだ。フォアルは淡い黄色の花をついばんで、満足げにチチッと鳴いた。木が少なくなっているそのすき間に、所狭しと花が咲き乱れていた。花の蜜であろうか、甘い香りが辺りに漂っている。ドゥナダンはしゃがんで花にそっと触れ、目を細めて周囲を見渡した。
「とてもいい状態だ。木の葉が自然に腐葉土になってるんだな。でも無駄な量がないから恐らく誰かが…」
「……あの、あたしの花に何か?」
突然、木の陰から控えめな少女の声がした。ドゥナダンがよく目を凝らして見てみると、ポルテットぐらいの歳かさの少女がこちらをうかがっていた。その背中よりはるかに大きいかごを背負っており、目は深い緑色をしている。
「ごめんごめん、あんまり見事な花畑だったから、つい。君が手入れしてるのかい?」
警戒させないように優しく微笑んだドゥナダンの賛辞に、少女はほんの少し口元をゆるめた。
「ルウェンナ、どうした?」
少女の背後からさらに声が聞こえ、熊のような風貌の大男が現れた。トールクと同じくらい背が高い。少女は、
「お父さん!」
と男にしがみつく。男の目も少女と同様に濃緑に輝いていた。
「…チェルク、やはりおたくの娘だったのか。大きくなったのう」
ケーワイドが右手の杖をスゥッと消しながら男に近づいた。大男は渋い顔をし、
「どうも煙いと思ったら、ケーワイドか。大勢連れて何の用だ?」
とあからさまに敵意のある目を向けている。ケーワイドは困ったような笑顔を見せた。
「あの時は悪かったの、本当に」
アイレスは横にいるユーフラにこっそりと聞いてみることにした。
「ねえ、ケーワイドとここの人たちって、仲悪いの?」
ケーワイドの弟子であるユーフラも、師と同じように苦笑した。
「仲が悪いなんてものじゃないわ。ケーワイドが若いころにやらかしたらしくてね」
「これ、ユーフラ。勝手にしゃべるでない。まあ昔の話ではあるが、あれは全面的に私が悪かったな。ここで修行していたころ魔法で小火を起こしたことがあっての」
「うわっ、それは…」
「冗談じゃすまないですね」
いつにない目つきで仲間たちはケーワイドを取り囲む。トールクですら額に手をやり首を横に振った。
「分かっとるよ。だから私はここで魔法を断じて使わない」
「ケーワイド、その時でしたっけ? 雨を降らせる魔法に初めて成功したのは」
「そうだった、そうだった。もう必死だったのう。そんな話よく覚えとるな、ユーフラ」
「魔法の習得ってそんなもんなんですか…?」
父から話を聞いていたのか、少女は父に隠れながらもケーワイドをじっとにらんでいた。それを見て再びドゥナダンは笑いかけながら少女に近づき、目の前にかがんで目線を合わせた。
「驚かせてごめんな。こんなに素晴らしい花を育ててる君は心優しい子なんだろう。花が心配なんだね」
少女と歳の近いポルテットも寄ってきた。
「僕はポルテットっていうんだ。君と君のお父さん、それからこの花や木には絶対に何もしないって約束するよ」
父の陰に身を隠したまま少女は、
「…ルウェンナ」
とつぶやいた。ポルテットが少女の顔をのぞきこみながら、
「君の名前?」
とたずねると少女は小さくうなずいた。足元に咲いている花のようにはかなげなその様に、ポルテットは揺れる木もれ日のような温かさを感じた。




