第八十話 求愛
沢を伝って一行はさらに森の奥へと進んでいった。アイレスとポルテットがフォアルと共に先頭となって、機嫌良く歌いながら歩いていく。その後ろにケーワイドとユーフラとトールクが森の美しさを語り合いながら続き、最後にドゥナダンとセプルゴとファレスルが時おり脇道に反れて珍しい草花を観察しながらついてくる。
「お、セプルゴ。これ嗅いでみろよ。鼻づまりにいいと思わないか?」
「ああ、これは効くな。見たことないけど、育てられないかなあ」
「こっちのは種がなってるよ」
「セプルゴー、置いていくわよー!」
3人の男たちに声をかけるのは決まってユーフラだ。
「ほら、ユーフラ! 嗅いでみろって!」
「ちょっと、やめてったら! …あら? ツンとくるけどスッキリするわね。いいんじゃないかしら」
ローホー村で同行し、セプルゴとユーフラはかなり親密になったようだ。
「トールク! あっちできれいな花がありましたよ。散ってたのも多かったから拾ってきちゃった。はい、奥さんに!」
「ファレスル、私にではなく女性にやったらどうだ?」
「えー、アイレスにあげたらドゥナダンに噛み殺されるでしょう? ユーフラにあげたらセプルゴに冷やかされるでしょう?」
「ハハッ、間違いない。じゃあ、ありがたくもらっておこう。押し花にでもするか」
ファレスルと話しているトールクはとても穏やかだ。
「あ、見て、アイレス。なんかいる! ねえ、ケーワイド! あれなんですか?」
ポルテットは以前から祖父に懐く孫のようであったが、さらにその感が増した。
「森に住まう水鳥だのう。こんな色は初めて見る。そうか、フォアルも見たことがないか」
「ケーワイドが知らないなんて。すごいなあ、この森」
ただ懐いているだけではなく、尊敬と畏怖をこめてケーワイドを見ているのだ。そして、
「アイレス」
ドゥナダンの凛とした声がアイレスの心をとらえた。テイノ町までの道、何も見えない不気味な横穴で一夜を明かした。活発で明るいふたりが、たったふたりだけで共有している心の闇。穴から抜け出して一緒に眺めた夜空。テイノ町で見た初めての顔。お互いのすべてを知った夜。共に飛び越えた死線。
8人にとって4つの行程に分かれて進んだことは、援軍を集める以上に多くの化学反応を起こした。
「ほら、アイレスに」
ドゥナダンの右手には可憐な赤い野花がある。左手でアイレスの手を取り、花を握らせた。いつの間にか他の6人は少し先を歩いていた。ドゥナダンは花を握らせた手を両手で包み、ごく小さく口づけした。
「この花、アイレスみたいだ」
目尻が熱い。耳まで赤くなっているのが分かる。ドゥナダンの目元もほんのり赤かった。
「そ、え、どうしたの…? 恥ずかしいよ…」
「アイレス、愛してるよ」
突然の愛のささやき。ドゥナダンの目はあまりにもまっすぐにアイレスをとらえていた。
鳥の鳴き声と沢のせせらぎ、木の葉がそよぐ音。アイレスは全身にドゥナダンの体温を感じ、森の声を聞き、この星のすべてと一体になったかのような、大いなる安らぎと高揚感の中にいた。
何もかもが開放的になる力があった。
(不思議な森……)
ドゥナダンに抱きしめられているのか、母に抱きしめられているのか、父に抱きしめられているのか、森に抱きしめられているのか、アイレスは分からなかった。
(本質的には変わらないのかも知れない……)
「このままアイレスとふたりで溶けて森と一体になったら心地いいだろうな…」
アイレスもちょうどそう思った。どんなに時が過ぎようと、老いていこうと、同じものを見て同じように喜び合うことができたらどんなにいいだろうと思った。
ルリの森は心をほぐす場所であった。




