第八話 白い人の出現
ケーワイドらが出発して後、ウェール村は何事もなかったかのように日々の営みが続いていた。旅の目的、危険性、すべてが表沙汰にならないようひた隠しにされた。
「村長! セルク村長!」
セルク・ラムダ村長の書斎の扉を、誰かが乱暴にたたいた。ケーワイドらの身を案じて物思いにふけっていた村長だが、けたたましい音に椅子から飛び降りた。
「どうした、騒々しい」
血相を変えた村役人であった。
「村長、モクラス山脈の向こうから、白い人たちがこちらへやって来ているようです」
村長はにわかに顔色を変えて村役人の両肩をつかんだ。恐れていたことが起こってしまった。
「どういうことだ! 10日余りであのモクラス山脈を越えられるはずがない!」
「違います。越えて来ているのではないのです。山に抜け穴を掘っているのです!」
村長は驚愕の表情を隠さなかった。
「どこに抜け穴があるんだ」
と問いながら、すぐさま上着を羽織る。
「しかしそれこそ不可能だ。10日でこの山を貫通させるなど!」
「とにかくこちらへ!」
その場所には人だかりができていたが、村人は皆、遠巻きに穴を見守っている。穴は奥から砂ぼこりがもうもうと立ちこめていた。
「初めて異変に気づいた者は?」
「この辺りの住人全員です」
「何? どういうことだ?」
数名の男女が村長の前に進み出て、何が起こったのかを話し始めた。
「何の前触れもありませんで」
「地鳴りのような音がかすかにして、次に非常に大きな爆発音がいたしました」
「驚いて外に出て見てみるとこの通り、砂ぼこりが舞っている中、この穴が開いていたのです」
皆我れ先にと村長に訴える。
「誰か中から出てきたか?」
村人たちは顔を見合わせて、揃って首を横に振った。ちょうどその時だ。
「……村長! 中から誰か来ます!」
村役人の注意で一斉に抜け穴を見る。砂ぼこりの向こうの影が徐々にはっきりしてきた。ひとりやふたりではない。先頭は背が低い。
「…子ども…か…?」
しかしその姿が明らかになると、子どもではないことが分かった。先頭にいるのは、車椅子に乗った青年であった。頭と顔を布で覆っている。背後に数えきれない人数の白い人が列をなしている。村人が小声で、
「これが白い人…」
とつぶやいた。比喩ではなく、全身白かった。肌も、髪も、目も真っ白であった。しかし衣服は薄汚く、簡素なものであった。あとからあとから続いて出てくる白い人たちは、村長らに向かってきた。
「待て! どこへ行くつもりだ! 何が目的だ!」
意を決して村長は叫んだが、白い人たちは眉ひとつ動かさずこちらに向かってくる。
「止まれ! 聞こえないのか!」
駆けつけた自警団長が大剣を振りかざしたがそれにもひるまず、むしろ無視して自警団長と村長の間を通りすぎた。何百、何千もの人数が無表情で向かってくるので、ウェール村の村人は恐れのあまり道を開けざるをえなかった。
「なぜだ…? 彼らは一体…。ケーワイドらの行き先さえ聞かずに…」
数千人の白い人たちは、2日前にケーワイドらが発った街道の方面へ消えていった。
その日、夜を徹して会合が開かれた。ケーワイドらが何を目的にデ・エカルテを目指しているのかは、数日前の会合の参加者にしか知らされておらず、そのことについての凶弾が激しく村長になされた。そして白い人たちの目的、今後のとるべき行動、議論は終わる気配を見せなかった。
「…少し休憩しよう」
村長がそう言い集会所の扉を開けるのと、昼間に駆けこんできた村役人が再び現れたのは同時だった。
「村長、また異変が」
「どうした」
「ともかく抜け穴へお越しください」
すでに一の月は沈んでおり、細い二の月が不気味に横穴を照らしている。
「村長、あそこです」
見ると、穴の前にひとりの女がじっと立っていた。長く白い髪が月明かりに反射している。少しすると穴から輝く尾をなびかせた1羽の鳥が現れ、女の肩に止まった。
「あれは、フォアルではないか?」
「少し色が違いますね。それに…、ひどく痩せている」
村長はキュッと唇を噛み、女の前に姿を現し声をかけようとした。しかし女はまったく表情を変えずに前屈みになり、一言「ウッ…」とうめいて、背中からズルリと純白の翼を出現させた。
「な、何っ!?」
村長は後ずさり、尻もちをつきそうになるのを、村役人に支えられた。
「村長、危険です! 下がって!」
女はバサッと翼を羽ばたかせてフワリと宙に浮いた。村長たちにはまるで目もくれず上空へと上っていく。肩に乗っていた鳥もその横を悠然と飛んでいた。
「あれは白い人なのか…?」
村長と村役人はしばらく女をながめていた。あれほどすさまじい能力を持っている者が白い人にいるとなると、ケーワイド一行の危険はさらに高まるのではないだろうか。この抜け穴を開けたのもあの女かも知れない。
「あ、こちらを見ていますよ」
白い翼の女性はかなり高いところからこちらを見下ろしている。段々に目が白く光っていくのが分かった。満天のどの星よりも明るく光り、村人も異変を感じ始めていた。女の目が一層強く光り、風を起こすように翼を力強く羽ばたかせた。村長と同じ場所で、あるいは村のどこかでこの異変に気づいて上空を見ていた者は、魔法で攻撃されるのではないかと反射的に身構えた。しかし、何も起こらなかった。少なくともそう見えた。
「なんだったんでしょう?」
「ひとまず戻るか」
会合を開いていた集会所に戻ると、村人たちが異様な雰囲気で出迎えた。皆が皆、不安にかられている。
「村長、どちらへ?」
「抜け穴からまた白い人が出てきたのを確認していたのだ」
「先ほどの翼のある女ですね? あれは魔法使いのようです。それも非常に強力な」
嫌な懸念がことごとく当たっている。村長は頭を抱えた。
「なぜそう分かる? 何か起こったのか?」
「説明が難しい。ご覧になった方が良いでしょう」
再び外に出て村のはずれを目指して急いだ。村人も外に出て、方々へ急いでいる。泣き叫ぶ声も聞こえる。ここ数日気の休まる瞬間はまるでないが、それまでで一番強い胸騒ぎが村長を襲った。
「セルク村長! これはなんなのですか!」
ケーワイドたちの通った小道に村人が群がっている。
「これは……」
透明な壁が道をふさいでいる。道だけではない。右も左も、上も。
「なんだこれは」
「防壁魔法ではないでしょうか?」
「防壁…魔法だと…?」
壁をよく調べると、半球状の透明な壁が村全体を囲んでいることが分かった。数名で大槌で殴ってもびくともせず、地下も奥深くまで壁は続いていた。夜が明け、会合はさらに続いた。
「あの壁は我々を閉じこめるためのものかと」
「村人たちに不安が広まっています」
「なぜ閉じこめる必要が? 追われたくないということなのでしょうか?」
村長は手を組み、会合の参加者全員に告げた。
「……脱出しよう。壁にどこか隙がないか調べてくれ。また各家々に、脱出し白い人たちとケーワイドを追えるよう、旅の準備をさせること」
「はっ!」
「かしこまりました」
会合は解散となり、村長は重い足取りで集会所の隣にある自宅の書斎に戻った。妻が温かい茶を入れる。長椅子に身を投げ目を閉じた。
「…ケーワイド…、我々は…どうすれば…」
そのまま浅い眠りに落ちてしまった。