第七十九話 ルリの森
キーキーと甲高く騒ぐ鳥、ガサガサとざわめく木々、そしてその木々を逆なでするかのように叫びをあげる風。ケーワイドが炎の気配を身にまとっているからであろうか、一行はルリの森からは歓迎されていないようであった。
「これはまずいですよ、ケーワイド。相当嫌われてる」
ウェール村の実家では母とふたりで花を栽培しているだけあり、ドゥナダンは森に入るなり草木の恐れを感じとった。
「ドゥナダン、本当に分かるんだね」
「本当かあ? うさん臭いな」
「そんなことないぞ、ファレスル。私も薬草を育てているが、手塩にかけて土や水を管理すると効果が変わるんだ」
「野菜はどうなの?」
「もちろんきちんと育てられた野菜はうまいけどね。でも自然の中で育った野菜が一番だ」
皆の雑談を黙って聞いていたケーワイドが、
「つまり大地の愛情に育まれた野菜がうまいわけだな」
とつけ加えたのを聞き、アイレスは、
「じゃあ、白い国では美味しい野菜すら食べられないってこと? 大地の恵みっていうのかな、それを知らないの?」
と素朴な疑問を口にした。
「どういうことだ?」
「前にケーワイドから聞いたもの。白い国は土地が痩せてるって」
土や植物に普段から親しんでいるドゥナダンとセプルゴは顔を見合わせた。
「考えたことなかったな」
「日が差さないといい作物は当然できないよ。草が育たないと土も肥えないし」
「『美味しい』とか、『きれい』とか、そういうのも知らないのかな」
「それは嫌だなあ」
サクサクと落ち葉を踏みしめながらドゥナダンたちは何とはなしに話した。ただアイレスだけは心に引っかかるものがあった。
(そういうのを知らないと、『うれしい』って気持ちも持てないんじゃないかな…)
大地の営みと恵みに思いを馳せていると、木々のざわめきが落ち着いてきた。土と草木を知るドゥナダンやセプルゴのことは、森は許容しているようだ。
「…いてっ!」
「ファレスル、大丈夫?」
「さっきから私の頭にばかり木の実が落ちてきてる気がするんだよな」
むくれながらファレスルは頭をかく。笑うようにフォアルがその木の枝に向かってチチッと鳴いた。
「さっき俺のことを『うさん臭い』って言ったからだろ」
「やっぱり妖精がいるんだね」
「私から矛先が反れたようで助かったわい」
もうすぐ昼だ。少しずつ視界が開けてきた。
「あ、あそこに沢がありますね。休憩にしませんか?」
「そうさの。ファレスル、あまり火をたかんようにな」
「分かってますよ。これ以上嫌われるのはごめんだ」
沢の周りには小さな動物が群がっていた。腰かけるのに具合がいい石もある。優しくアイレスたちを包む木もれ日が涼やかな風で揺れて、サヤサヤと静かな音が水の音ととけ合っていた。
「…入ったときの雰囲気と大分違うね」
「美しいな、ここは」
アイレスたちが必要な分だけ果実をとろうとしても、森は怒らなかった。森を傷つけないようにこぢんまりとたき火をし、その跡も丁寧に片付けて炭を果樹の根本にまくと、ちょうど食べごろの実がひとつポトリと落ちてきた。
(いる、妖精。絶対)
と思ってアイレスがふと横を見ると、ポルテットの手元にもひとつ落ちてきたらしく、ニコーッと笑ってアイレスを見ていた。
「みんなには内緒ね」
そう言ってみずみずしい果実にふたりで同時にかぶりついた。




