第七十六話 白い国とは 白い人とは2
広場の中央には簡素な演台がある。フィレックは27人の精鋭の報告を慎重にまとめ、この度の遠征に参加した8000人に演説することにした。やはり白い国はどこも日が差さず薄暗い。
「勇敢なる我が同胞よ。心身は無事であろうか?」
フィレックが冒頭で問いかけると、「はい」「おかげさまで」と返ってきた。
「誠に遺憾ながら、我々の力は及ばずケーワイドらから『ワールディア』を奪うことはかなわなかった。私の導きが稚拙であったことが要因であろう。申し訳ないことをした」
顔の布を外して目を閉じうつむくと、一斉に白い人たちから「とんでもない」、「我々こそ未熟だった」と声が上がった。遠征前にこの者らを集めて、『ワールディア』を手に入れるためモクラス山脈を突破したいと演説した際は、このように聴衆から返事がくることは考えられなかった。今の反応に満足し、フィレックは本題に入った。
「さて、皆も感じているだろうが、我々の住まうモクラス山脈の内側は日が当たらない。ここから出てみてどうであった?」
一同はザワザワと「太陽は温かかった」、「風が心地よかった」、「水をたらふく飲めて満足だ」と話し合った。フィレックも同じように感じていた。
「そうだろう。大地の恵みを知らぬとは非常に悲しく、理不尽なことだということも分かったろう」
全員が大きくうなずく。
「しかし外を知らぬ諸君の家族は、悲しいことだということすら知らないのだ。無論、恵みを受ける喜びも知らない。豊かなものなどどこにもないから、分け与えることも、感謝することも、いや、そもそもそんな発想すら生じない」
白い人たちはお互いに顔を見合わせた。心当たりがあるようだった。
「さあ、諸君は外の世界を知り、家族の元に戻ったわけだが、その彼らはどうだ? 温かさや心地よさに満足し、喜びや感謝を知り、またその裏返しである憎しみや悔しさを知っているように見えるか?」
聴衆はざわつき、混乱しだした。自分たちの置かれていた状況を突きつけられるのは初めてであったからだ。今まで暮らしていたモクラス山脈の内側とはどのような場所なのか、考えたことなどなかったのだ。
「しかし我々は今、心を持っている。ここで暮らしていたころは意識せぬから分からないであろうが、諸君は目覚ましい変化を遂げた。この場に集いし8000人で、我らが家族に、すべての同胞たちに、心というものを伝えていこうではないか!」
歓声と拍手が湧きあがる。力をこめるあまり拳を握りしめていたフィレックは、その反応に緊張を解き、額の汗を手で払いながら深呼吸して微笑んだ。そして演台の側に控えていた27人とゾーイを近くに寄せ、さらに話し続けた。
「そうはいっても私は諸君のために、我が故郷であるこの地のために、『ワールディア』を手にすることをあきらめてはいない。この者たちとフーレンで再度ケーワイドを追うつもりだ」
拍手と共に激励の言葉が飛んだ。
「家族や近所の者の心に温かい炎を灯すのは諸君一人ひとりだ。反応が薄いときもあるだろう。それでもこの8000人で励まし合えば大丈夫だ。我々は『ワールディア』を手に入れる。諸君もこの地をうるわしきものにするため心を込めて尽力してくれ!」
盛大な喝采を受けてフィレックは演台を降りる。聴衆は意気揚々と我が家へ帰っていった。
(うまくいくだろうか。いや、ひとりふたりでできないことでも、8000人が結束すればできるはずだ。我々の全員が心ある人になれる!)
フィレックはひとり自宅に戻ったが食事はなかった。そういえば目覚めたときに保存食を食べきってしまったのだ。しかし飢えには慣れているのでどうということはない。フィレックは顔を洗おうか、と思ったが、山脈の向こう側のようにどこにでも水があるわけではない。かなり遠くの湧き水をくんでこなければいけないのだ。それをゾーイに頼むのを忘れていた。明日まで水もおあずけだ。
(さて、次はフーレンだ)
ずっと臥せっていると聞いた。魔力の損失はいかほどなのか分からないが、フーレンなしでケーワイドらに対抗できるとも思えない。意気消沈しているに違いないフーレンをどう説得したものか。ひもじい思いを振り払うように、フィレックは寝台に身を預けて眠ってしまうことにした。




