第七十五話 確かな変化
深く暗い眠りから覚めると、そこは自室の寝台の上であった。
「………」
(何が起こったのだろうか。それとも夢であったのだろうか。これまでの無味乾燥な日常は何も変わっていないのかも知れない……)
フィレックはゆっくり頭を起こした。腹が減っている。
「あ、フィレック様。起きられましたか」
ずっと側に仕えてくれていた青年、ネルロ・ゾーイが部屋にやってきた。以前のゾーイはもっと動きが緩慢であった。この部屋にこんなに明るく通るゾーイの声が響いているはずはなかった。
(夢ではなかったのだな…)
腕に力をこめて腰を浮かせ、車椅子に移動する。長く寝ていたせいだろう、少しクラッときた。
「フィレック様、まだ本調子ではないでしょう? 寝ていてください。腹に優しい食べ物を持ってきますから」
「いや、それどころではない。我々がトゥライト平原からここに飛ばされてから何日経っている?」
「3日です。これまでのことをお話ししますから、とにかく座っていてください。いいですね?」
これほど意思のある物言いをゾーイがしたのも初めてであった。
白い人の精鋭27人はすべて目覚めており、モクラス山脈を突破してケーワイドを追った8000人が休んでいる巨大な広場でフィレックと合流した。
「フィレック様」
「お具合はよろしいので?」
皆身をかがめてフィレックに挨拶する。
「ああ。おちおち寝てもいられない」
自分で車椅子を転がしながら、フィレックはひとりでも多くの白い人の様子を見て回ろうと、広場を縦横無尽に移動した。27人も方々で話を聞くよう心がけた。
「悔しいですね、我々の力が及ばなくて」
「ああ、ケーワイドの憎らしいこと!」
恨みつらみを口にする者がとても多い。しかし、
「フーレン様が片羽を落とされたのを見てしまいました。なんとおいたわしい…」
「知り合いの息子が例の沈んでいく地面に足をとられて、心的外傷となってしまったそうです。かわいそうなことをしましたね」
他人を気遣う言葉もよく聞かれた。目に光を宿さず感情も表情もなかった白い人たちに、間違いなく変化が起こっている。広場で休みつつも、食べ物を分け合ったり、怪我人を助けたりと、これまでにない行動が見られるようになった。あまつさえ、あちこちから談笑する声が聞こえるのだ。
「そちらはどうだった?」
「ほぼ全員が順調に回復しているようだった」
「何よりだ」
「なあ、不思議なことを言う者がいなかったか?」
27人が面談を報告し合っていると、ふとひとりが妙な会話を思い出し話題に上らせた。
「不思議? どのような?」
「家族の元へ一度帰った者は残らずそう言うんだ」
「ああ、言ってたな。『みんな笑いも泣きもしない』って」
「そしてたいていは青ざめてこの広場に戻ってくるんだ。家族の元へ帰らずね」
腕を組んだフィレックは少し精鋭たちを眺め、そして目を閉じ考えをめぐらせた。27人はわけの分からぬままいつまでも議論を続けていた。




