第七十四話 8人と1羽
ショーラ町のニイン・ミグラル町長は、最後まで一行の身を案じていた。
「大丈夫だと言っておろうが!」
「いいや、ケーワイド。いつかまたお前はひとりで無茶するに違いないね。ユーフラ、このじじいをちゃんと見てやってくれよ?」
鈴が鳴るようにコロコロと笑ったユーフラは、
「承知しました。また美味しいお酒を飲めますように、ね」
と言った。他の地域からの援軍も、皆自分たちの土地へ帰っていく。テイノ町からトゥライト平原へ来る道程でよく話したユビノ・キーラムがアイレスとドゥナダンの元へ駆けてきた。
「ふたりとも元気でな。これは餞別だ」
見ると2本の小刀であった。緻密な装飾が施されており高価そうだ。
「1本ずつな。テイノ町で鍛えられた小刀だ。この紐は俺の家で作ったんだぜ」
群青色の飾り紐は光沢があるが、触れていても滑らない。剣の柄に使う装飾としては抜群であった。
「ドゥナダンたちの槍や剣は、人の命を奪えないようにしてあるんだよな。それは気高い心がけだと思うが、1本だけ持っているといい。役に立つときが来るよ、必ず」
キーラムの目はまっすぐドゥナダンを見つめていた。
「剣は人を殺すためだけのものではない。アイレスも、良き剣士として、それを知ってくれ」
アイレスにもそう告げた。小刀はズッシリと重かった。
「デ・エカルテからの帰りにも必ずテイノ町に寄ってくれよ!」
「ありがとう!」
ローホー村、カイシキ村からの援軍も皆帰路につき、残るはウェール村の村人だけとなった。再び同じ道のりを女子どもや年寄り、身体に不自由がある者を連れて歩くのは厳しい。ユーフラとトリドの魔力が回復したので、ケーワイドと3人で協力して移動魔法で帰ることにした。
8人は家族と何十日かぶりに再会し名残惜しかったが、きりがないということも分かっている。誰より家族と離れがたい心境であるセプルゴが、生まれたての赤ん坊と妻の肩を抱き、
「行きたくない、行きたくない! 行きたくないっ!! よし、スッキリした。ドリー、レイズ、行ってくるよ!」
と誰より清々しく家族に出発の挨拶をしたのを見て、アイレスたちも笑って家族に別れを告げることができた。
「皆、準備は良いな? ユーフラ、トリド、私の呪文に集中せい。【モード、ルアンリーイ、ディンセ】!」
「【モノグ】!」
「【プルヘ、トンヴェ】」
かすかに大地が揺れ、その後優しい風が吹いてウェール村の人たちの身体が宙に浮いた。
「【ニビンコ、アーニ】!」
ケーワイドが最後に村人たちの方へ杖を向けると、全員姿を消した。そこに何もなかったかのようだ。風はユーフラが起こしたものだったが、東から吹いてくる自然の風と混じって通り過ぎていった。
まだ昼を回ったばかりだ。休むには早い。ケーワイドが小声で、
「さてと」
とつぶやくと皆、
「元の8人に戻ってしまいましたね」
「8人じゃないよ、8人と1羽だ。ね、フォアル!」
「でも一気に寂しくなったね」
「いいじゃない、気楽で」
「そうそう! この顔ぶれでないと冗談も言えない」
「それはひとりで言っててくれるか?」
「なんだ、付き合い悪くなったなあ!」
と和やかな笑顔を見せていた。ケーワイドも口元に笑みをたたえ、
「では、行くとするか」
と杖で西を指し示した。アイレスたちもその先を見てうなずいた。太陽にかかっていた薄雲が晴れていく。温かい東の風が8人の背を押していった。
(第一章 完)




