第七十三話 決戦後
煙は静かに空へ吸いこまれていく。
「やはり完全に犠牲を出さんことは不可能だったな…」
ポルテットに新しい剣術を教えたショーラ町のシンラ・オクシロンを含む34人が命を落とした。遺体を焼き、一つひとつ塚を作ってねんごろに弔った。オクシロンの遺品となった剣は、1本はショーラ町長のミグラルが、もう1本はポルテットが持つこととなった。
「人が死ぬのって、結構あっという間なんだね…」
「…ポルテット……」
ポルテットはいつまでも遺体を焼く煙を見つめ立ちつくしていた。ケーワイドがその隣にしゃがんでポルテットの肩を抱いた。
「私のような年寄りは幾度となく知人の死に立ち合っておるが、やはりこの虚無感は慣れないものだな。人ひとりが死んだところで何事もなく明日はやってきて、何事もなくこの星は回り続ける。命に意味など、そもそもないのだよ」
「…でも、悲しいよ……」
ポルテットは幼く大きな目から涙をこぼしてうつむいた。
「うむ、悲しかろう。つらかろう。命には大した意味はない。しかし人生には意味がある。残された者が意味を感じれば、な」
ミグラルも側に来てポルテットの頭をなでた。
「大いに悲しんでやってくれ。それがオクシロンの生きた証なのだから」
「はい……。う、うぅぅ…、グス」
負傷者も少なからずいた。セプルゴは大忙しだったがそれが落ち着くのを待って、8人と各地の援軍の指導者、そしてウェール村のセルク村長が集まり会合を開くこととなった。
「まずは援軍としてご協力たまわった皆に、感謝申し上げたい」
「とんでもない」
「お役に立てて何よりです」
形式ばった挨拶はそこそこに、この度の合戦での武勲を称えながら懇談が始まる。要するに慰労だ。
「あの地面が沈むのは何だったのですか? 魔法ですか?」
「魔法を使っておるが、あの現象自体は魔法ではない。流砂という現象を知っておられるか?」
「底無し沼と言った方がお分かりになるかな?」
何人かが膝を打つ。
「ああ、そういうことか」
「あんな魔法は聞いたことがありませんからな、とてつもない魔法かと思っていた」
「私は水を使う魔法が得意でしてね。そしてこのケーワイドの弟子であるウェール村の若者が大地の魔法を使えると。それを組み合わせて…」
「人工的に底無し沼を作ったわけですな」
一同は納得して顔を見合わせうなずいた。
「しかしウェール村の皆さんの擬態も、よく見破られなかったものだ」
「わたしがもっと移動魔法を使えたら、その必要はなかったのですけどね」
「いや、ユーフラ。かえって男だけにあの擬態を施し背後から一斉に奇襲するように見せかけたのは正解だった」
「そうだよ。万が一戦闘になったら子どもや年寄りでは危ない」
「それにしても、案山子を背負っての奇襲とはね。混乱しているとはいえよく引っかかったものだ」
「ハハハ、精巧な案山子を作ったのはユーフラの魔力なのだし、結果良ければすべて良しだ」
弟子たちが大活躍しケーワイドは上機嫌だ。少し席を外していたファレスルが、温かい煮こみ料理を持って戻ってきた。一緒に行ったドゥナダンは何本か瓶を抱えていた。
「お待ちどおさま! 酒もありますよ」
「待ってました! ほら、ユーフラ、飲むぞ!」
「いい加減にしてちょうだい! 奥さんと赤ちゃんが元気だったからって、調子に乗りすぎよ」
このトゥライト平原での決戦を終えて、8人の関わりにも変化が表れてきた。信頼という一言ですますのは安直に過ぎる。
「さて、ケーワイド。この後はどうするんだ?」
ミグラルからなみなみと酒を注がれたが、ケーワイドは一気に飲みほした。
「やはり元の8人でデ・エカルテを目指そうと思う」
その場の全員の視線がケーワイドに集まった。杯に残った1滴を再度クイッと飲んでケーワイドは続けた。
「完膚なきまで叩きのめしたのだ。白い人が再度追ってくることはなかろう。私の移動魔法でもって全員白い国に送り返したし、フーレンは翼を片方失ったから魔力は半分以下になったはずだ。ついでに言えばウェール村の防壁魔法は恐らく消えていような。抜け穴は成長したトリドの魔法でふさぐことができるのではないかの」
「………」
「………」
皆言葉を失うほどに感嘆している。
「まさに大団円だな」
「私と共に戦えなくなって寂しいか? ミグラル」
「馬鹿言え」
「何はともあれ、力を貸してくれてありがとう。皆、帰路も気をつけてくれたまえよ」
「皆さんこそ、デ・エカルテまでお気をつけて」
最後にもう一度全員で、互いの健闘に、命を散らした仲間に、おごそかに献杯した。




