第七十一話 決戦2
東寄りの風が吹いている。ケーワイドの考えた策にとっては格好の条件であった。
「ユーフラ、トリド。ご苦労だったな。師として実に誇らしい。そして我が友ミグラルよ。惜しみなき協力に感謝する」
ケーワイドを含めた4人の魔法使いは決戦前夜である昨晩、闇に紛れて仕掛けを施していた。モクラス山脈に先史のころから閉じこめられていた白い国の人々は戦略に長けていないはずだ、という推測の元、奸計とも言えるほどの準備を綿密に行った。
トリドは夜通しの作業で疲れはて、ユーフラの移動魔法でもってウェール村の面々の元へ戻っていった。ユーフラはそれで魔力を使いきった。ミグラルも同様だ。
「これでまともに魔法を使えるのはケーワイドだけだな。大丈夫か、この老いぼれだけで?」
渋い顔をしてミグラルは文句を言う。
「ああ、すまんかったの。私はこの通りじじいだから、ピンピンしとるお前さんに頑張ってもらうことになってしもうた。お陰で私はそう張りきらなくても良さそうだ」
クスクス笑う一番弟子のユーフラに触れ、ケーワイドはうやうやしく語りかけた。
「移動魔法は苦手だったな、ユーフラ? 視界の利かない夜によく尽力してくれた。後は私に任せてくれ」
ユーフラは少し目を潤ませて微笑んだ。
「…はい。運命がわたしたちに味方しますよう」
アイレスたちや各地域からの援軍もすべて配置についた。太い矢尻のような陣形で、先頭はケーワイドら8人とショーラ町とテイノ町の精鋭たち。両翼は弓隊が主力のローホー村の援軍が固め、体力あり余る船乗りが揃ったカイシキ村の援軍は両翼のさらに端から全力疾走し白い人の両脇に回る手はずだ。
「…来る。気を抜くでないぞ」
ひどくひび割れた音だが、角笛が聞こえてきた。白い人が吹いているのだ。
「角笛だね。白い人も作れるんだ…」
ポルテットが驚いてつぶやいた。
「彼らの技術力も上がっていると見ていいな」
冷静にトールクが答える。
「…さあ、誘いこむぞ!」
ケーワイドのその合図でまず8人が飛びだした。
「ヤアアアアアアァァァッッ!」
第一声はドゥナダンとファレスルが同時に上げた。若者ふたりの声はよく響く。それを見た白い人たちは、
「おあつらえ向きだ! 全員で迎え撃つぞ!!」
「まずケーワイドの周りを仕留めよ!」
と一斉に前進した。その時。
「うわっ!」
「ああっ! なんだこれは!?」
「地面が…!」
「……沈んでいく!!」
白い人の最前列、それから両翼の先頭も地面に足をとられて平衡を保てなくなった。ズブズブと足が沈んでいき胸まで埋まってしまう。
「何? 何が起こった!? 落とし穴か?」
「引っ張り出せーー!」
「駄目だ、ここまで来たら沈むぞ!」
もがけばもがくほど身動きがとれなくなっていく。白い人たちが恐怖のあまり立ち往生している間に、ローホー村とカイシキ村の援軍は沈む土を避けて全速力で白い人の側面へ回りこんでいった。地面が沈むと聞き、フーレンはとっさに翼を広げ飛び上がった。ケーワイドが目ざとくそれに気づき、杖をその方向へ振りぬいた。杖から伸びた朽葉色の光がフーレンの姿を照らす。
「フーレン! そこだ!」
「……おのれ、ケーワイド…ッ!」
慌てふためく白い人、順調に白い人を包囲していく援軍たち。周囲の叫び声をよそにケーワイドとフーレンはお互いの姿をとらえてにらみ合った。
最後尾にいたフィレックはその騒ぎを察知したが、何が起こっているか分からない。いつの間にやら両側面も騒がしくなってきた。回りこまれているのかも知れない。
「フィレック様! 一大事です!!」
「…何が起こっている?」
「分かりません! 急に何の変哲もない地面が沈みだしたんです!」
フィレックは息を飲んだ。
「魔法か? 聞いたことがないな」
「いえ、呪文はおろか、誰も魔法を使うような素振りひとつ見せませんでした」
「どういうことだ…?」
撤退という最終手段がフィレックの頭をよぎり、残された退路である背後を振り返った。
「…な、なんだと!?」
そこにはウェール村の村人3000人が間近に見えた。人の顔が判別できるかどうかぐらいにまで迫っている。全員がこちらへ向かって走ってきていた。
「そんな馬鹿な、いつの間に! だいたいあの3000人全員が走れるはずがない! 年寄りもいたはずだ!」
「フィレック様、脇からも迫ってきます! 陣営の内側へ!」
「駄目だ! 囲まれる!」
「ひとまずフーレン様の元へ行きましょう!」
フィレックは車椅子を押されてしまいなす術がなかった。
(なぜ? 一体何が起こった?)
白い人たちの最前線では、ケーワイドとフーレンが間合いをとってお互いの隙を狙っていた。周囲の混乱は激しさを増していく。




