第七十話 決戦
「つまり村長たちも、にっちもさっちも行かない状態というわけだな」
「さもありなん。防壁魔法から脱出できたといって、何もない空き地に村を再建できるわけでもあるまい。私の判断を仰ぎたかったのだろうて、いたし方なし、といったところだの」
偵察のつもりで地中深くトゥライト平原まで進んできたケーワイドの弟子トリドは、8人に囲まれて今までの経緯をつぶさに語った。
「セルク村長も自警団長も本当に憔悴なさってます。周囲の村人の方がいくらか元気かも知れない」
「そうか。女子どもが疲弊していないのは救いだな」
「それでどうしましょう、ケーワイド? これからわたしたちはこのトゥライト平原で決戦となるわけですが、ウェール村の人たちも近くまで追いついてきているわけです」
「うむ。ぜひ戦力となってほしいとは思うが、子どもや年寄りもいるわけだしのう、無茶はさせられん。動ける年齢の男は1000人ほどといったところだろう。どうしたものか」
フォアルがゆっくり降りてきてトリドの肩にとまって小さく鳴いた。何かを言っているように見える。それを見たケーワイドはじっくり考え、
「……トリド。お前は大地の力を借りる魔法が得意であったな。それにこちらにはミグラルがおる。どうだ、軽く仕掛けをしてみんか?」
ともったいぶってトリドの目をのぞきこんだ。ユーフラたちは子どものように無邪気なケーワイドの表情を見て、
(また何をたくらんでる?)
と嫌な予感に見舞われた。
翌日、朝の爽やかな風にくすぐられ、フィレックは目を覚ました。白い人たちは皆よく眠れたようであり、決戦にはもってこいであった。前日に全体で確認した陣形をさらい、まだ寝ているであろうフーレンの様子をたずねるべく使いを出した。
(とにかくケーワイドを引きずり出すことだ。それまでフーレンを消耗させてはならない)
数日前テイノ町の援軍を奇襲した際に感じた敵の手練れ感。フーレンに援軍の相手をさせては、いざケーワイドに立ち向かった時に疲れきった状態になりかねない。最前線にフーレンは置かないことにした。太い矢尻のように人員を配置し、先頭は弓隊、その後ろに威勢のいい大剣部隊、フーレンはその後ろだ。敵の方が人数が多いし魔法使いが少なくとも3人いるから回り込まれたら絶望的だ。ケーワイドがどこにいるかも分からない。下手なことをせず正面突破で混乱させて、その場にケーワイドが出てこざるをえない状況にするのが得策だ。フィレック自身は最後尾から指示を出す。
(我々の目的は敵を壊滅させることではない。『ワールディア』を手に入れることだ。ケーワイドから『ワールディア』を奪えたら、早々に退散するべきだ)
斥候が側にやってきた。
「敵の様子はどうだ?」
「我々と同じような陣形を組んでいます。正面に、ケーワイドが」
フィレックは白い目を鋭く細めて顔に布を巻いた。
「そうか。向こうも正面突破のつもりだな。ケーワイドが先頭にいるとは好都合。その周辺を早々に痛めつけ、フーレンがケーワイドと対峙できるよう整えよう」
背後のローホー山の山際が白んできた。その光を受けてフーレンが翼を羽ばたかせてこちらへ飛んできた。髪も肌も荒れているが顔色は悪くない。少し日焼けもしたようだ。
「フーレン、頼んだぞ」
フーレンは相変わらず無表情だったが、これまでにないほど力強くうなずいた。




