第六十八話 真の狙い
二の月がもうすぐ南中する。夜もだいぶ深まってきた。アイレスたち8人は少し夜更かししていた。
「それでユーフラ、なんだか貫禄が増したのね」
「そんなつもりじゃなかったのよ。でも…」
「あれだろ? 私のためだろ? 私のため」
「おい、セプルゴ酒臭いぞ。村に帰ったら奥さんに言いつけるからな!」
「ポルテット、あんな大人は見ちゃ駄目だ」
「ハハハ、僕のお父さんもすごくお酒飲むから、酔っぱらいには慣れてるよ!」
アイレスは久しぶりに皆で笑い合えるのが心底うれしかった。
「さて、ファレスルの料理もあらかた食べてしまったし、休むとしようか」
ケーワイドが立ち上がって魔法で毛布を出した。するとトールクが静かに、
「ケーワイド。今後の私たちの動きをどうするおつもりですか?」
と問いかけた。トールクの思いつめたような表情に、他の6人も緊張の面持ちとなる。ケーワイドはいささかためらっていた。
「今後の動きとな? この広大なトゥライト平原で白い人たちを迎え撃つ。具体的な配置は先ほど説明した通りだ」
「その目的を私たちにだけでも話してほしいのです。結局全員の武器に例の魔法をかけることに決まったのですよね。よって、白い人を殲滅することではなく、目的は別にあることになる」
淡々と話すトールクの口調は、しかし真剣そのものであった。
「本当にただの足止めですか? それではいずれフーレンの移動魔法で追いつかれる。何度足止めしても同じことだし、あなたはそれぐらい分かっているはずだ。なんのためにわざわざ合戦をするのですか?」
ケーワイドの心中は分からない。それは皆が感じていたことだ。ひとりで何かを背負い、考え、実行し、人には断片的に指示を出し、結果としてうまくいっていただけだ。
「ここが勝負所。そうでしょう、ケーワイド? あなたの筋書きを教えてくれませんか?」
防壁魔法の向こう側で夜の虫が鳴いている。他には何も聞こえてこない。
「……敵わんな、お前たちには」
ケーワイドは再び腰を下ろして膝を抱え、フッとため息をついた。トールクは脚を組み直してじっくり聞く姿勢になった。
「ここまで白い人が強力になると思っとらんかったのが私の誤算だ。逃げきれる自信はなくなってしもうた」
ポルテットが眠そうに船をこいでいる。
「もう遅いの。結論から言おう。目的はフーレンを無力化することだ」
ポルテットは一瞬目を覚ましたが、フォアルがその肩に止まって優しく鳴いた。その途端、ポルテットはカクンと意識を手放し、隣であぐらをかいていたドゥナダンの膝を枕にして眠ってしまった。
「そういうことでしたか…」
「10000人の囮で8000人の白い人の目を反らさせるというわけですね」
消えかかっていた灯りにユーフラが少し油を足した。
「白い人がボーッとしとるのなら相手にしなくとも構わないのだが、そうもいかなくなってきた。フーレンだけをどうにかするだけでは逃げきれん」
「とはいえ、フーレンの移動魔法は厄介ですよね」
「やはりフーレンを封じこめたいところだよな」
「それには力をつけてきた8000人の白い人が邪魔。その相手をするのが…」
「ここに集まってもらった援軍ってわけだ」
「私たちがフーレンだけを相手にするためにはそうするしかないな」
安らかな眠りにつく幼いポルテットを除き、7人は額を寄せ合い議論した。
「ケーワイド、それを援軍のみんなに伝えないんですか?」
アイレスのその問いにケーワイドは悲しく微笑んだ。
「囮は普通、『自分は囮だ』と知ってはいかんのだよ。目的を敵に察知されては意味がない」
「…でも、こちらは白い人の命を奪えませんが、白い人はわたしたちを殺すかも知れないのでしょう? それはどうお考えなのですか?」
「そうです。俺が峡谷を越えたときは、確かに殺されることはなかった。でも今の白い人たちには、なんというか殺気がありますよ」
「しかし殺し合いをするかというと、それも違う気がしますね。『ワールディア』は奪い合うような物ではないんだ」
「…私は肉を切らせて骨を断つつもりでおる。援軍の諸君に合わせる顔などないな……。それでもこれは…」
ケーワイドは無意識に懐に手を置いていた。
「死守せねば…」
「文字通り、死守、ですね」
我が物にしたいわけではない。ただ守りぬくため。そのために命をかける。
「援軍の内、『ワールディア』が何なのか知っている者はどれほどいるのですか?」
「私が『ワールディア』を持っていると知っている者すら、ふたりしかおらんはずだ。それぞれの長だな。つまり、ショーラ町長とカイシキ村長だ。テイノ町とローホー村からは長は来とらんからな。『ワールディア』が何なのかは、ショーラ町長のミグラルしか知らんだろう。他には知らせるつもりもない」
「そんな状態で囮として命をかけさせるのは…」
「無謀だし、無情すぎるの。分かっとるよ。だから目的は隠すのよ。……やはり納得はできんかな?」
「そんなことはない。元より私たちは命をかける覚悟で来ているんです」
トールクがはっきりとそう言い切ったが、それに追随する者はおらず、皆地面を見つめている。
「…よそう。とにかく白い人たちの襲撃まで丸1日かかりそうだ。英気を養うとしよう」
ケーワイドが優しくポルテットに毛布をかけると、他の者も毛布をとって横になったり顔をふいたりし始めた。アイレスは腰まである髪をけずり、ぼんやり先ほどの話を思い出していた。
(正体も分からない『ワールディア』を守るために命をかける。なんて無体な話だろう……)
アイレスが『ワールディア』を目にしたのは1度だけ、ウェール村を出発して初めての夜だった。それだけの価値があの小石にあるとは信じられなかった。しかし白い人は血眼になって自分たちを追ってくる。ケーワイドたちもどんな犠牲も厭わずに逃げ切ってデ・エカルテにたどりつく覚悟のようだ。
(『ワールディア』とは何なのか、あたしも知らない……)
なぜケーワイドが口を噤むのか。ドゥナダンたちは知っているようだが、聞いてはいけない気がしていた。




