第六十六話 渇望していたその光
こけつまろびつ、テイノ町の一行とアイレス、ドゥナダンは、前方のトゥライト平原を目指した。大群が煮炊きをしている煙が見える。ケーワイドたちの居場所は近い。
思わず背後を確認したアイレスは、すぐ近くに迫っているフーレンと目が合った。白く濁った目は本能的な恐ろしさを感じさせる。その戦慄を振り払うかのように、アイレスは隣から切りかかってきた白い人の脚を短剣で深くえぐった。前方へ走りながら左右や背後の白い人の攻撃を避けるのはかなり難しい。テイノ町の男たちの何人かが白い人に捕えられてしまった。フーレンが風を起こしながら捕虜を宙に浮かせる。
捕虜を気にした援軍の多くが速度を緩めそうになる、その時。
「…隊長!」
「隊長だ! 先頭はどうされたのですか!?」
行く先にテイノ町援軍の隊長が憤怒し剣を構え立っていた。
「馬鹿者ども! 先を急げ! この騒ぎはトゥライト平原からも見えているはずだ!!」
隊長は援軍を先に行かせ、古いがよく鍛えられた大剣を正面に構え、向かってくる白い人に対峙した。眼光鋭い目はまっすぐフーレンをにらんでいる。
「隊長、何を!? 無茶です!」
ドゥナダンがアイレスから手を離し、隊長の腕をつかんで一緒に先へ走ろうとした。他のテイノ町の男たちは角笛を吹きながら一目散に走っていく。
「捕らえられたやつらを置いて行けん! それよりケーワイド殿に知らせてくれ!」
ドゥナダンは唇を強く噛み、再びアイレスの手をつかんで踵を返した。
「ドゥナダン、隊長が!」
「仕方ない! ケーワイドを呼ぼう!」
そう言いながらドゥナダンは懐をまさぐり、小さな石を取りだした。
(ケーワイド、ケーワイド! 助けてくれ!)
アイレスも小石に意識を集中させ強く思いをこめた。
(ケーワイド! あたしたちはここよ!)
「アアアァァァッ!!」
隊長の気合いの入った声がこだまする。フーレンに立ち向かっているに違いないが、アイレスたちは前だけ見て祈った。
目の前に一瞬だけキラッと光が見えた。もう一度光る。流れ星が尾を引くように、光はこちらへ向かってきた。
「……フォアル!!」
ドゥナダンが空を仰いで叫ぶと、フォアルは甲高い声で長く鳴いた。その音色は空気をつんざき、どこまでも響いていった。
すると、フーレンに向かおうとする隊長と白い人たちの間に、薄い霧と朽葉色の光の玉が出現した。その光を渇望していたアイレスたちは、今駆けてきた道を振り返り、そしてふたりで同時に名を叫んだ。
「ケーワイド!!」
光と共に、もはや懐かしさすら感じるケーワイドら仲間たちが現れた。長い白髪が風に柔らかくなびき、ケーワイドは閉ざされた目をゆっくりと開けた。何者をも凌駕する気迫をまとっている。
「ドゥナダン、アイレス、どこで油を売ってたんだ?」
「ファレスル!」
「みんな!」
ケーワイドたち6人と見慣れない装備の数十人の男が、テイノ町の援軍を先に行かせ、フーレンたちに立ち向かう。
「アイレス、俺らも残るぞ!」
「当然!」
ドゥナダンから手を離し、アイレスは両刀をスラリと抜いて逆手に構えた。杖を手に悠然と立っているケーワイドの真ん前まできたフーレンは捕虜を見やり、
「……ケーワイド、この者たちの命が惜しければ『ワールディア』を寄越せ」
と言った。フーレンの声を聞いたのは初めてであった。低く艶のない声だ。
「『この者』? 誰のことを言うておる?」
フーレンの横で宙に浮いていたはずの3人の捕虜はいつの間にか姿を消していた。ケーワイドが杖を一振りするとアイレスたちの後ろにパッと出現した。その場の全員が目を見張る。魔法使いであるユーフラと、ショーラ町長ミグラルを除いて。アイレスが自由の身となった捕虜とケーワイドを交互に確認していると、
「移動魔法の応用よ。……アイレス、元気そうね」
とユーフラが相変わらずの美貌で花のように微笑んだ。心なしか表情に自信がみなぎっているように見える。
「元気なのは結構だがな、ふたりとも待ちくたびれたよ」
「セプルゴ! 具合はいいのか?」
セプルゴは自分の拳で胸をドンッとたたいてみせた。
「心配かけたな。そこにおわす大魔法使い様のお陰でこの通りだ」
「もういいから」
捕虜を奪われ進退極まった白い人たちは、それでも体勢を整え武器を構えている。200人ばかりと見える白い人たちの中でも指導者的人物はいるらしく、その者を中心に隊列を組んで猛然と向かってきた。
「来るぞ! ぬかるな!」
ケーワイドたちと共に現れた数十人は各地域の精鋭であるようだ。薙ぐように白い人を倒していく。しかし走り通しで息が上がっているアイレスは遅れをとり、ふたりから同時に切りかかられた。
(まずい、ひとりは倒せるけど!)
やむなく受け身をとって避けようとした瞬間、
「アイレス! 僕に任せて!」
と剣の構えが変わったポルテットが素早く割って入り白い人を突き刺した。
「ポルテット!」
右足を前に大きく出した独特の構えだ。走りながらの攻撃は難しいが、1対1で対決するには絶好だ。
「アイレス、ここは勝てる。もう少し頑張れるか?」
頭のかなり上から、非常に低いが温かい声が降ってきた。トールクであった。
「疲れて気が抜けちゃって。ごめんなさい、大丈夫です!」
「そうか」
とだけ言い、トールクは素手で白い人を倒しにかかった。圧倒的にこちらが有利であった。
「【ウールフ、ボクア】!」
「【ドンオ】!」
ミグラルも秘めていた魔力を現した。大きな水の球を出現させ、ユーフラの起こした風で津波のように白い人たちを飲みこんでいく。
アイレスたちと同様にずっと全力疾走していた白い人たちも、足がもつれたり肩で息をしたりと疲れが見えてきた。
「フーレン様、ここは一時退却を!」
「……チッ! 【ロトゥスマ、リグミニ】!」
フーレンが一声呪文を叫ぶと竜巻が起こった。正確に白い人全員を捉え、姿を消していく。傾きかけた日が、何事もなかったかのようにその場に残された援軍を照らしていた。西に広がるトゥライト平原で大勢の人が露営をしているのがかすかに見える。
「ドゥナダン、アイレス。ご苦労だったの」
静かな風が一行の間を吹き抜け、ケーワイドが感慨深そうに振り向いた。アイレスは目頭がじわりと熱くなるのを感じた。




