第六十四話 迫りくる視線
テイノ町の男たちは皆雄々しく朗らかで、剣士としての誇りに溢れていた。
「なあドゥナダン、どうして槍を使うようになったんだ?」
ドゥナダンたちと同年代ぐらいのユビノ・キーラムという若者がよく話しかけてくる。ファレスルの持つ大剣よりもさらに太く長い剣を軽々と操っている。当然「剣こそ至上の武器」という信条だ。
「ああ、死んだ父さんの形見なんだよ。狩りが好きな人だったらしい」
「なるほどね。不思議だと思ったんだよ」
「『槍を使うやつは変わってる』って言ってるように聞こえるぞ」
と言ってドゥナダンは挑発するようにニヤリと笑った。キーラムも、
「そりゃあそうさ。なあ、アイレス?」
とあおってきた。ドゥナダンの擁護をしたいが父の鍛えた剣を腰に下げているアイレスとしては答えに窮し苦笑する。
「剣術の応酬こそ、もっとも優れた戦い方だと思ってるよ」
「まあ確かにアイレスは舞うように剣を使うな。きれいだよ、本当に」
「のろけるなって。でも見てみたいね、アイレスの剣の腕を」
かすかな地鳴りは相変わらずアイレスの耳に聞こえてきていた。徐々に大きくなっている気がする。
「……近いうちに見せてあげられると思うよ」
アイレスの目が鋭く光るのを見て、ドゥナダンも背後を気にした。ずっと何かの気配は感じていた。しかしここはテイノ町の人たちを不安がらせないようにしたい。
「でも槍だって役に立つんだぜ。もうすぐ昼の休憩だな…、見てろ!」
ドゥナダンはアイレスに向かって片目をつむり、唐突に左へ槍を投げた。ケーン、という泣き声が辺りに響く。
「なんだ、今の? お、鹿だ!」
「鹿!? 誰だ、しとめたのは?」
「すごい、見事に眉間に当たってる!」
ドゥナダンは鼻を鳴らして得意気にキーラムを見た。
「どうだ? まだ槍を馬鹿にするか?」
「参りました、といったところかな」
援軍の中に牧場を営む者もおり、正確に急所に入っていることに舌を巻いた。昼食は鹿肉の丸焼きがドゥナダンの周囲に振る舞われることとなった。
「ほらドゥナダン、これはテイノ町の穀物で作った物だぞ。どんどん食え!」
「いい肉をありがとな!」
「お前、なかなかやるな。どこで鍛えたんだ?」
一目置かれたドゥナダンは、昼の休憩の後はずっと注目を浴びていた。
「急にすごい尊敬ぶりだね」
こっそりアイレスが耳打ちすると、
「実力がないと認められないんだろ。かえって手厳しいんだと俺は思うよ」
とドゥナダンは冷静に答えた。
「なあ、アイレス」
ドゥナダンの目がチラリと後ろを見た。何かに意識を集中させているようだ。
「うん。来てると思うよ」
テイノ町を出発した日、アイレスの耳には地鳴りが聞こえてきていた。後ろを振り返るが、ローホー山の森が邪魔をして見通しがきかない。
「あの丘から少し見渡せるといいな」
「高い木もあるようね。登ってみようかな」
「いや、俺が登るから」
進行方向左手の小高い丘の頂上に大木が見える。ふたりはテイノ町の援軍には黙って列を抜け、結局ふたりして木登りした。
「ほらアイレス、重心をかけるのはこっちの枝がいいよ」
「さすが、トールク直伝」
「素手で何かに登るのはこりごりなんだけどな」
木のてっぺん近く、ドゥナダンとその腕に支えられたアイレスは後方を見渡した。木々に視界を遮られよく分からないが、広い範囲に渡って細いたき火の煙が上がっている。かなり近い。
「うわ、こんなに近くに来てたのか」
「大変! 隊長に知らせなきゃ」
「降りるぞ。気をつけろ」
木々が邪魔をしているはずだが、なぜかアイレスは冷たい視線を感じた。翼のある魔法使いと両の脚がない青年の真っ白い瞳を思い出し身震いした。
抑揚のない声がすぐそこから聞こえてきそうな不気味さを背後にひしひしと感じていた。




