第六十三話 遠く思いを馳せ
最前列で隊長と話しているセプルゴを見つけ、ユーフラはその目の前に降り立った。
「うわっ! ユーフラ、どうした!? びっくりしたなあ」
隊長ら他の援軍も皆驚いて立ち止まっている。ユーフラはそれにまったく構わず、セプルゴの手をとった。ユーフラの瞳は星のように輝いている。
「セプルゴ、セプルゴ! 赤ちゃん生まれたって!」
キョトンとしているセプルゴに、さらにユーフラはまくしたてる。
「フォアルがウェール村の様子を見に行ったでしょう? ケーワイドのところにフォアルが帰ってきて、教えてくれたのよ!」
そう説明すると、徐々にセプルゴの目に光が宿ってきた。
「……本当かい?」
「こんな嘘ついてどうするの? 男の子ですって。名前はね…」
セプルゴは声を震わせて、
「いや、分かる」
とユーフラの言葉をさえぎった。
「レイズだ。リーズン・レイズ。そうだろ?」
セプルゴは目に涙を溜めていき、スッと一筋だけ流した。口元はかすかに微笑んでいる。
「ええ、その通りよ。母子共に元気そのものだそうよ」
「そうか」
セプルゴはそれ以上何も聞かなかった。ひとりじっくりと喜びをかみしめている。雲の切れ目から差してきた陽光がセプルゴを祝福しているように見えた。
(こんな優しい表情を見せるのは、奥さんと赤ちゃんだけなんだわ。この星がひっくり返ったってセプルゴが他の誰かを愛する日なんて来るはずない)
ユーフラもセプルゴの隣を歩きながら、しかし遠く思いを馳せるセプルゴを邪魔しないように無言でそっと目を伏せた。
(セプルゴ、早くウェール村に帰りましょう、ね)
柔らかい風が東から吹いてきた。
2日歩き、セプルゴたちはトゥライト平原を眼前に見た。5000人ほどの大群が野営を張っている。セプルゴとユーフラ、そしてローホー村の援軍の中から目の良い者を数名選んで偵察に行き、ケーワイドたちショーラ町の援軍とトールクたちカイシキ村の援軍であることを確認した。皆セプルゴの子が無事に生まれたこと、ユーフラが初めて治癒魔法を成功させたことを喜んだ。
「セプルゴ! おめでとう、君も父親だな!!」
「ファレスル! 駄目だよ、飛びついちゃ。セプルゴは怪我してるんだから」
「さて、どうかな? ユーフラ、我が弟子ながらお前は一流の魔法使いへの道を着々と進んでおるように見えるぞ」
「もったいないお言葉です、ケーワイド」
「は? 何の話だ?」
「セプルゴ、傷を見せてやれ」
「この通りだ。大魔法使いユーフラの魔力でもって完治したよ」
「やめてったら、セプルゴ」
「ほほう、きれいに治ったの。私の魔法でもこうはいかん。ユーフラが腕を上げたのはもちろん、よく心をこめたのであろう」
久しぶりに顔を合わせたこともあり、援軍同士の挨拶もそこそこに、日が暮れてもそれぞれの道中のことを報告し合った。ファレスルとポルテットが妖精との遭遇を情感たっぷりに語り、仲間たちだけでなくそれぞれの援軍を楽しませた。娯楽のない道中、腹を抱えて笑ったのはいつ以来のことであろうか。
「はー、笑った笑った」
「傷口が開くとかを気にせず笑えるのはいいな」
「本当に感謝してちょうだいよ、わたしに!」
星が夜空を彩り始めた。頬を朱に染めて和やかに歓談する若者たちを尻目に、トールクはケーワイドの横に腰かけた。
「あとはドゥナダンたちだけですね」
「一番早く着くと思っとったんだが、どこで道草を食っておるのやら……」
ふたりは背後のローホー山の麓から上ってくる一の月を眺め、アイレスたちの身を案じた。




