第六十二話 風変わりな友情
薄曇りだが出発には心地良い朝だ。ユーフラの治癒魔法で胸の傷がきれいに治ったセプルゴは、準備を整えてユーフラの部屋を訪れた。
「ユーフラ、おはよう! やっぱり思いきり身体を動かせるのはいいな!」
その場でピョンピョン跳びはね、体操をしている。
「おはよう。大丈夫? 身体はまなってない?」
ユーフラは髪を結い上げながらセプルゴに微笑んだ。
「なに、怪我してても歩いてたんだ。すぐにほぐれるよ」
「それはお見それしました」
コンコン、と宿の女将が扉をたたく音がした。
「清潔な布と下着をご用意しました。旦那さま、奥さま、どうぞお気をつけて」
盛大な勘違いにセプルゴとユーフラは面食らったが、丁寧に頭を下げる女将に余計な口出しはできない。寝込むセプルゴのために特別な食事を作ってくれたり、布団を何度も換えてくれたりしたのだ。
「女将、世話になりました。すっかり元気になったよ」
「ありがとうございました。帰りにも必ず寄りますね」
女将だけでなく宿の主人も扉の外まで見送ってくれた。セプルゴとユーフラは何度も振り返って手を振り宿を後にした。
「いい宿だったな」
「そうね。また来たいわ」
「私たちは夫婦じゃないんだけどな。下着には参ったよ」
ユーフラはクスクス笑ってセプルゴの肩に触れた。
「草の上で並んで雑魚寝する仲よ? 今さら下着くらい」
「うちの嫁さんとは違った意味で、何でも見せられる間柄ってところだ」
「嫌だ、じゃあわたしお嫁に行けないじゃない」
「『もらってやる』と言いたいところだが、雑魚寝仲間とは色っぽい話にはなりそうもないな」
「そう言わないで。ドゥナダンたちに気の毒よ」
「ま、あいつらは若いからさ。獣みたいなもんだろ」
「やめてよ、もう」
楽しい。友人との会話はこんなにも楽しいものだったのか。そうユーフラは思った。
援軍との集合場所にはおよそ2000人が待機していた。ローホー村は山での狩りが盛んなので弓隊が主力だ。セプルゴも最前線につくことになった。弓矢を念入りに手入れしてセプルゴは隊列に加わった。
「ユーフラ殿、我が村には魔法使いがいない。良ければ最後尾を守ってくれないだろうか?」
「是非もございません。お力になれて何よりです」
いよいよ出発前。ユーフラと同様に最後尾にいる者は多種多様な武器を持っている。自警団員なのだろう。皆血気盛んな若者たちだ。
「おや、魔法使い殿。ご主人に置いてきぼりを食ったかい?」
長い黒髪をサラリとなびかせて、ユーフラは気のない様子であしらうように答える。
「セプルゴはわたしの旦那さまじゃないわ。 素敵な奥さまがおいでなのよ」
会ったことはないがセプルゴの妻ならば美しく聡明な女性に違いないとユーフラは思っていた。
「そうなのか? 君とは少なくとも恋人同士かと思ってた」
「随分とかいがいしく看病してたそうじゃないか」
うんざりという顔を見せ、
「やめてちょうだい」
と相手をしないようにするが執拗に、
「やけに親しそうじゃないか」
「親しい友人が急に異性の顔をする時はあるだろ? 今まで旅をしてきてさ、なかったのかい、そんなこと?」
「だいたいそのセプルゴにしたって、奥さんを置いて遠いところまで来てるんだろ? いけるんじゃないのか? 協力するぜ」
とからんでくる。
「…あるわけないでしょう。命をかけると誓った仲間なんだから」
ユーフラはそう言ってそっぽを向いた。
すると目の前に朽葉色の光の玉が落ちてきているのに気がついた。この色の光を操るのは師匠のケーワイドだ。ユーフラが手をかざすとパチンと弾けて光は分散し、ユーフラの周りを旋回する。援軍の男たちは滅多に見ることがない魔法を目の当たりにして歓声を上げた。光は飛び回りながらユーフラの頭上へ移動していき、再びひとつの玉になったあと、水が注がれるごとく光はユーフラの頭に注がれた。ケーワイドからの伝達であった。ユーフラは内容を理解するなり、
「少しだけ先頭へ行くわ!」
と叫んで小さな竜巻に乗ってセプルゴのもとへ急いだ。男たちは感嘆しすっかり言葉を失っていた。




