第六十一話 ポルテット、奮闘す
ポルテットは全神経を研ぎ澄ました。近づいてくる何者かはポルテットから3歩ほど離れたところで分かれ、ひとりはそのまままっすぐ進み、他の4人はポルテットを取り囲んでいった。
(まずいな、囲まれた。それに何も見えないのをどうにかしないと…)
「ポルテット」「ポルテット」「ポルテット」「ポルテット」「ポルテット」
5つの方向から自分を呼ぶ声が聞こえた。とても親しみがある声だ。少しずつ5人の姿が見えてきた。ここしばらく誰よりも時を共にしている人であった。しかし常と違うのは、5人ともがその人の姿をしているということだ。
「…ケーワイド!? え? ケーワイドが5人いる?」
5人ともケーワイドであるように見えた。
「ポルテット、大丈夫か?」「ポルテット、落ち着け」「ポルテット、よく私を見い」「ポルテット、聞こえるか?」「ポルテット、こっちだ」
5人のケーワイドはポルテットに手を差しのべ、
「ポルテット、本物は私だ」
と同時に言った。
(なんだこれ! 魔法? 誰がかけたんだ? ……落ち着け、落ち着け。ケーワイドが5人もいるはずない。5人とも本物じゃないかも知れない。僕、寝ぼけてるのかな?)
ポルテットは左の手の甲を強くつねった。目の前の状況は変化しない。手のひらに収まる長さの小刀を懐から取り出し、自分の頬をスッと切ってみた。血がにじみジワリとした痛みがあるが、霧は晴れないしケーワイドは5人のままだ。
「ポルテット。お前の幼さにはほとほとうんざりしておるんだ」
(え? ケーワイドがそんなことを?)
正面のケーワイドがそう話し出したのを皮切りに、他のケーワイドも口々にポルテットを罵り始めた。
「ポルテット。『ワールディア』に手を出したのは許されんのだぞ」
「ポルテット。何でも私に聞くでない。わずらわしい」
「ポルテット。後生だから足を引っぱってくれるなよ」
「ポルテット。子どもらしく振る舞うのが自分の武器だとでも思っておるのだろう。あざとい考えは見抜かれているものだぞ」
すべての言葉がポルテットの胸を深くえぐる。
(そんな…、僕はそんなつもりじゃ……)
今までのケーワイドの優しさは嘘だったのだろうか。微笑みを浮かべてこの星の歴史を語り、自分の手を引いてショーラ町の市場で買い物し、アイレスと共に空を飛ぶことを経験させてくれたケーワイドは、本当はそのようなことを考えていたのだろうか。
(……違う。絶対に違う)
人の命を奪えないよう自分たちの武器に強力な魔法をかけたケーワイド。何を恐れているかは分からないが、いつも道中を案じてひとりで考えこむケーワイド。白い人に感情が芽生え始めていることに誰より早く気づいたケーワイド。そして、自分たち若い仲間が談笑しているのを穏やかな眼差しで見つめていたケーワイド。
(ケーワイドはそんなこと考える人じゃない! これは悪い幻だ!)
「ケーワイドを返せ!!」
ポルテットはキッと正面のケーワイドをにらみつけ、小刀を5本素早く取り出し、5人のケーワイド
に向かって投げつけた。小刀は正確に5人のケーワイドの額を貫いていった。
「え? 貫通した? そんなに強く投げてないはず……、あ!」
5人のケーワイドの姿は霧のように消え、そして周囲の霧も徐々に晴れてきた。小雨も上がり、太陽が顔を見せている。
「……ポルテット! 無事だったか!!」
慌てふためくケーワイドがよろけながらこちらへ走ってきた。
「ケーワイド!」
「聞こえたぞ、お前の声。『ケーワイドを返せ』とな。ポルテット、何を見ておった?」
身をかがめてポルテットに目線を合わせ、ケーワイドは優しくポルテットの両肩に手を置いた。瞳の奥が心配そうに揺らいでいる。ポルテットはそんなケーワイドを見上げ、太陽のように笑った。
「すっごく悪い幻です。でも大丈夫。全ー部覚めました!」
「…そうか。すまなんだな。もう少し気をつけていれば良かった。これは妖精のしわざだ」
「妖精!? それっぽいのはいませんでしたよ?」
ケーワイドは安心させるようにポルテットの肩を抱いてミグラル町長を探した。
「自分の姿を見せずにいたずらをしてくる妖精もおるのよ。さて、ミグラルはどこかの? それに今の今までまったく方向感覚がなかったから目的地も……」
「おい、ポルテット!」
唐突に馴染み深い声が聞こえ、振り返ろうとすると、ポルテットは思い切り抱きすくめられ前が見えなくなってしまった。
「ん~~~! んん~~~~っ!!」
「…なんと!! お前たち!」
ケーワイドの驚きの声のわけを探ろうとポルテットが必死に何者かの腕から逃れると、そこにいたのは仲間のファレスルとトールクであった。
「ファレスル! トールク!! どうしてここに!?」
霧がなくなりよく見渡すとローホー山はすでに背後にあり、前方にははるか彼方まで広がるトゥライト平原があった。ファレスルたちだけでなく船乗りの出で立ちをしている男たちが大勢いた。カイシキ村からの援軍だ。
「どうしてもこうしてもあるもんか、私たちが露営しているここへまっすぐ向かってきておいて。そのくせ私たちがいくら手を振っても呼びかけても見向きもしないで右往左往している」
「これは妖精だな、とピンときたんだが、私たちではどうしようもできないからね」
「そうしたらポルテットが一声『ケーワイドを返せ!』と叫んで、小刀を四方八方に投げた! そしてそれが呪いを解く鍵であったかのごとく、妖精の呪縛は解かれたわけだ! 見事少年の気合いの一筋!」
仰々しい語り口調のファレスルにポルテットは赤面し、しかし「妖精」という言葉に耳ざとく反応して、
「ファレスルたち、妖精だって分かったんだね。どうして?」
とたずねた。その場の石に腰かけながらトールクが話し始めた。
「私たちも船でここへ向かっている途中、海の妖精のいたずらにあったんだよ。太陽がふたつ現れたり、姿の見えない海鳥に襲われたり、散々だったな」
ケーワイドたちに追いついてきたミグラルたちも話に合流した。
「これはこれは、私はショーラ町長のニイン・ミグラルと申します。カイシキ村の方たちですな? 村長はおいでですかな?」
挨拶しながらもミグラルは抜け目なくケーワイドに問いかける。
「お互い骨が折れますな。時に我が友ケーワイド?」
とってつけたような呼びかけにケーワイドは辟易した。
「なんだね、誇り高きミグラル町長」
「…減らず口を。まあお互い様だな、ここからは普通の口調で話そうか」
「そうしてもらいたいの」
「これほどまでに妖精がちょっかいを出してくることが今まであったか? 私も諸国を旅したが、ここまでたちの悪いいたずらは聞いたことがない」
ケーワイドは懐に手を置きながら西方に目をやり、
「ああ、なかった。魔力の均衡が崩れておるのだ。早く……」
とつぶやいた。
皆ケーワイドと同様に西に目をやり、傾きかけている太陽をいつまでも見つめていた。




