第六話 8人
子どもらしい興味に目を輝かせて、ポルテットはアイレスの剣に指を滑らせた。すぐに傷がふさがる自分の指を太陽に透かしながら、二度三度と同じことをくり返す。少し早い足取りで進みながら、一行は徐々に緊張が解けてきた。
「ほれ、ポルテット。傷はすぐにふさがるが、感染症は防げないんだ。あまり遊ぶものではない」
「ケーワイド、少し休憩しましょう。思えば自己紹介すらまだです」
全体を気遣うのはトールクだ。
「そうだな。あの大樹まで行こう」
「携行食しかないのがわびしいけどね」
歳の近いセプルゴとファレスルは意気投合したようであった。
「では、私からでよろしいか? 私はガダン・ケーワイド。見ての通り魔法使いだ。ここしばらくは気候穏やかなウェール村に居を定めていたが、若かりしころは放浪しておったな。魔法の修行もいろいろな所でさせてもらった」
「デ・エカルテの近くへは?」
無邪気にポルテットが問う。遠い遠いデ・エカルテのことを考えたくない。それが大人たちの考えであった。
「もちろん、ずばりデ・エカルテへ行ったことも何度もある。道には迷わぬから、安心めされよ。では次は?」
ヌッと大柄なトールクが立ち上がった。
「フレビ・トールク。村では鳶をしています。よろしく」
多くを語らず、長くボサボサの髪で、非常に低い声。一見すると人が寄り付かない風貌だが、愛情のこもった目で周囲をよく見ている。
「では次は私が。リーズン・セプルゴです。この通り弓を使いますが、本職は薬草農家です。店も営んでいますよ。この旅の皆さんの健康は私が守ります!」
小柄だが頑丈そうな肉体だ。表情豊かでよく笑い、よくしゃべる。明るい空気をまとっているようだ。
「アレン・ユーフラと申します。わたしも魔法使いで、ケーワイドに師事しています。女はわたしだけだったから、個人的にはアイレスが来てくれて良かったわ」
ユーフラは大輪の花が開くような微笑みでアイレスに笑いかけた。長くつややかな黒髪が風に優しくなびく。
「サラル・ファレスルです。自警団員で、ポルテットとは同じ地区です。家族で食堂をやってまして、料理は何でもできますから鳥か何かとって作ってもいいですね。携帯用の鍋も持っています」
ファレスルは涼やかな瞳でニコリと笑った。続いてドゥナダンが立ち上がった。
「スウェロ・ドゥナダンと申します。狩猟の組合で、セプルゴにはお世話になっています。本業は花農家なので、残念ながら道中でのお役には立てませんね。それからこちらが…」
ドゥナダンはアイレスを立たせようとし、その手をとってアイレスは自分から話しだした。
「ミドレ・アイレスと申します。本当にご迷惑をかけましたが、足を引っぱるつもりはありませんので、ついていかせてください」
「とんでもない。私を負かしたんだから、むしろ頼りにさせてもらうよ」
「そうです! あ、僕はザック・ポルテットと言います。ファレスルと自警団で一緒です。子どもなんで大きな剣は持てないんですけどね。アイレス、さっきのすごかった!」
ポルテットは細い突き刺し用の剣を腰に下げている。無邪気で懐っこく人好きのする笑顔であった。ファレスルがポルテットの肩を引き寄せて、
「ポルテットはこう見えて、自警団で一番足が速いんだよ」
と我がことのように話した。
「あ、聞いたことある。猿のようにすばしこい子がいるって」
「アイレス、猿はひどいな、猿は」
「あたしが言い出したんじゃないもの!」
皆に溶け込んでいるアイレスを見てドゥナダンは安心した。自分たちのわがままで一行に迷惑をかけられない。自分を甘やかせない。許せない。ドゥナダンはそんな男であった。
「さて、各々武器を出してもらおうか」
ケーワイドが杖を高々と掲げて言った。
「この旅は危険が伴うことはすでに伝えておる。しかし皆に人命を奪うことはさせたくない。ファレスルとアイレスの剣にかけたものと同じ魔法を、皆の武器にもかけさせてもらう」
全員が武器を差し出したが、トールクは何も出さなかった。
「私は元々武器は持っていない。日常そのような場面はないから」
他の者は自警団や狩に参加するが、トールクはそうではない。
「これで命を奪うことがそう簡単にできなくなったわけですが、自分たちの命が奪われなくなるわけではないのですよね?」
淡い光が愛用の槍に吸い込まれていくのを見つめ、ドゥナダンはふと疑問を口にした。
「…守るものがある以上、そういう考えにも至るであろう、な。しかしこれはゆずれない。命を奪い合う戦いをする事柄ではない。デ・エカルテにたどりつければそれでいいのだ」
ケーワイドは悩ましげに目を伏せ、「行こう」と立ち上がった。その時、頭上から澄んだ鳥の鳴き声が聞こえてきた。ケーワイドとユーフラが手を上げながら真上を仰ぎ見た。
「大事な仲間を忘れておったな。この鳥はフォアル、私の相棒だ」
「多少魔法を使える者なら、フォアルと意志疎通ができますよ」
フォアルは一行を囲むように旋回し、ケーワイドの肩に止まって一声鳴いた。
「フォアルの気持ち聞いてみたいな。僕も魔法の修行しようかな」
「私は厳しいぞ」
高らかな笑い声が響く。日は南中を少し過ぎ、風は温かさを増していた。