第五十九話 フォアルの帰還
ケーワイド、ポルテットと共に、ショーラ町の援軍はトゥライト平原に向けて歩き続けていた。左手すなわち南方にローホー山を見て、山の西側にどこまでも続く大草原をひたすらに目指した。
ポルテットは、道中で意気投合したシンラ・オクシロンと話しながら進んでいた。
「へえ、こういう構え方もあるんだ」
「左手で平衡を保つんだ。そら、右足に体重を乗せすぎるなよ。突き出した次の瞬間に重心を移動するんだ。そう、うまいぞ」
ポルテットは子どもなので大きな剣を振るうだけの腕力がなく、突き刺し用の細い剣を使っていた。オクシロンも同じような剣を2本腰に下げており、道々ポルテットに剣の扱いを指南していた。ポルテットも自警団で訓練することはあったが、突き刺し用の剣を操れる者は多くなく、丁寧な指導を受ける機会があまりなかった。
「ここらで休憩にするぞー!」
伝令の者が走りながら呼びかけている。それを追うように涼やかな風が吹き抜けた。
「雲が出てるから今日は歩きやすいですね」
「そうだな」
ポルテットは雲の流れを確かめるように空を見上げた。すると視界の端にキラリと光の帯が見えた。
「何だろ、あれ? 流れ星みたい」
「おい、この真昼にか? というか、こっちに近づいて来てるぞ!」
「違う! あれはフォアルだ! おーい、こっちだよ!!」
長い尾をなびかせてポルテットの方へフォアルはまっすぐ飛んできた。ぐるりと旋回しポルテットが差しのべた手の甲に慎重に両足を降ろす。
「フォアル、久しぶりだ! 元気だったかい?」
ポルテットが弾んだ声で問うと、フォアルはチチッと鳴いてポルテットに微笑みかけたように見えた。
「どうしたんだい? ずいぶん早く戻ってきたね。ケーワイドのところへ行く?」
フォアルは羽ばたいて案内をせがんだ。ポルテットはニコリと笑い、
「ちょっとケーワイドのところに行ってきます!」
とオクシロンに告げて先頭へかけていった。
「ケーワイド、ケーワイド! フォアルが戻ってきましたよ!」
ショーラ町長のニイン・ミグラルと共に茶で一服しながら周囲と談笑しているケーワイドのところへポルテットがやってきた。驚いて思わず立ち上がる。間違いなく相棒のフォアルであった。
「なんだ、やけに早いのう」
「お、ケーワイド、それが例の相棒か。美しい翼だ。かすかに魔力を感じるな」
「さすが町長はお目が高くておいでだ。ほれフォアル、挨拶せい」
フォアルはミグラルの目の前で澄んだ声で一声鳴いた。
「『不甲斐ない主人ですがよろしく』だとよ。よくできた相棒だ」
「やめんか、ミグラル」
「町長、フォアルの言ってることが分かるんですね。いいなあ」
「曲がりなりにも私は魔法使いだからな」
ケーワイドはプイとそっぽを向きフォアルを呼びよせた。
「それでフォアル、ウェール村の皆はどうしておった? ずいぶん早い戻りだが、何かあったのか?」
問いかけに答えてしばらくフォアルは歌うように鳴き続けた。ケーワイドの横でミグラルもそれを聞いて相づちを打つ。
「そうか、村はそのようなことになっとったのか。村長たちはさぞ心労が溜まっておろうな…」
ポルテットはキョロキョロしてケーワイドとフォアルの会話を理解しようと努めるが、何ひとつ分からない。
「ケーワイド、村のみんなはどうしたって?」
「おお、ポルテット、すまんすまん。大変なことになっておるようだ」
ケーワイドはフォアルから聞いた内容をかいつまんで話した。8人の出発直後にモクラス山脈が爆破されて横穴が出現し、白い人たちが村を通過したという経緯。そのあと出てきた翼のある魔法使いによって村全体を防壁魔法で囲まれ閉じこめられたこと。なんとか脱出し今は自分たちを追っているということ。
「みんな無事なんですか? 怪我したり、体調を崩してる人は?」
「疲れてはいるようだ。しかし良い知らせもあるぞ。セプルゴの妻が元気な男の子を産んだそうだ!」
思いがけない吉報にポルテットの表情がパッと明るくなる。その場で跳びはねた。
「本当ですか!? やったあ! 奥さんは元気?」
「母子共にピンピンしとるそうだ」
ケーワイドは手のひらの上に朽葉色の光の玉を出した。
「あ、ユーフラに伝えるんですね。セプルゴと一緒ですもんね。元気出るといいな」
「さよう。……しかしセプルゴは、そろそろ全快しておるかもしれんな」
「全快? さすがに早くないですか?」
含みのある笑みをたたえてケーワイドは、
「まあ、ユーフラ次第だの」
と言って光の玉を空へ放った。ローホー山の方へ飛んでいく。
「さて、そして村中で我々を追っておるとな。そちらはどうしたものか。援軍と違い女子どももおるし、決戦に巻きこむわけにはいかんな…」
ケーワイドは背後のはるか遠くをずっと眺めていた。




