第五十七話 セルク村長の苦悩
高く高く上がったフォアルは、西を目指して疾風のごとく飛んでいった。ウェール村の人たちの様子をあらかた記憶したので、ケーワイドの元に戻ることにしたのだ。
「頼んだよ!」
ケーワイドの弟子である魔法使いユニ・トリドが大きく手を振ってフォアルを見送った。その隣にアイレスの姉ミドレ・マリエスがいる。
「トリドが大技に成功したことも伝えてくれるといいわね」
「ハハ、僕のことなんかどうでもいいよ。何より、リーズン・セプルゴに元気な赤ちゃんが生まれたことを伝えてもらわないと」
「そうね。ドリーは本当に頑張ったもの。お産の後すぐに自分の足で歩いてるしね」
横目でマリエスを見やり、トリドはその手をとった。
「女性は強いね。本当に」
「守るものが明確なだけよ」
マリエスも手を握り返してそっと答えた。
フォアルが記憶していったのは村人の個人的な様子にとどまらない。白い人の魔法使いフーレンによって村に閉じこめられ、全員総出となって村を脱出し、今は白い人を追い抜いてケーワイドたちを追っているという状況もよく把握した。村長たちが詳しくフォアルに伝えて送り出したので、ウェール村も非常事態であったことがケーワイドに伝わるはずだ。いずれ反応が返ってくるだろう。村長や自警団長は正直進退極まっていた。
「我々がケーワイドたちを追っていることをどう思うだろうか?」
「こちらは3000人で進んでいますからな。年寄りも子どももいる。このままケーワイドたちに追いつけるとは思えません」
「しかし脱出は間違いなく不可避であった。そして村を離れる以上は移動するしかない」
村長は西を見つめ、深いため息をついた。
(白い人たちとケーワイドの間に入れたら白い人に奇襲をかけることも考えていたが、あのように強力な魔法使いがいるならそれも難しい。しかし今さら引き返せないし、ここに留まることもできない。ああ、ケーワイド、我々はどうすれば良かったのでしょう?)
村人は徒歩での旅に慣れてきた者と、疲れが溜まってきた者に二分される。肥沃な土地が続いているがこの人数が食べるだけの野生の動物や植物は不足している。先日の嵐のせいで泉が濁っているのにも頭を悩まされた。いい加減に方針を定めたかった。
「ケーワイドの応答を待ちましょう、村長」
「そうだな。今日はもう休む場所を探し始めよう」
村役人がその指示を町内会へ通達していく。村長も明らかに疲れていた。通達の始めの段階でトリドに話が行った。
「分かりました。大地の波動からしてしばらくは雑木林が続くと思います。ちょっといい場所がないか見てきましょう」
トリドは移動魔法が成功してから、いろいろと相談を受けるようになった。軽々と跳躍し道の脇の木に登って辺りを見渡した。
「トリドー、気をつけて!」
「大丈夫だよ、マリエス! ん……?」
危険を察知する鳥のようにトリドは耳をすませ、身を翻して木から飛び降りた。
「どうしたの? もういい場所見つけたの?」
「マリエス、村長はどこだ!?」
「え? 先頭にいると思うけど…」
トリドはマリエスの両肩をガッとつかみ、切羽詰まった様子で一言告げた。
「白い人の気配だ。来るぞ!」
マリエスがその言葉の意味を理解するより先に、トリドは移動魔法でもって村長を探しに姿を消していた。トリドが立っていた場所だけ地面が微妙に波打っている。トリドは大地から力を借りる魔法が得意なのだ。
村長と数人の村役人の眼前に突然トリドが現れた。
「…村長!」
「ん? なんだ、ユニ・トリドか?」
そう言いながら村長が立ち上がると、次の瞬間に周囲の風が渦を巻いて竜巻となっていった。
「来た!」
「これはなんだ!?」
「白い人です! 移動魔法に違いありません」
村長は風にあおられそうになりながらトリドに向かって、
「なんとかならんのか! 来させるな!!」
と叫んだが、
「私の魔力では無理です!」
と言うトリドになす術もなかった。




