第五話 手段は選ばない
静まり返った空気を割るように、アイレスとファレスルは互いの剣の先を一度チンと鳴らした。少し距離をとり、ファレスルは重量のある長剣を両手で構えた。アイレスは両手に父が鍛えた短剣を1本ずつ持った。左手は逆手だ。
「アイレス、君と手合せするのは初めてだね。お手柔らかに」
「…そっちこそ」
そう言い終えるや否や、アイレスは速攻で切り込んだ。ファレスルに簡単に受けられたが、刃の彎曲を生かしてなめらかにいなし、ファレスルの上半身を袈裟切りにしようとした。そのアイレスの右腕をファレスルは素早く手刀で払ったが、そう防がなければアイレスはファレスルの左腕を切り落としていた。続くアイレスの左の剣はすでにファレスルの腿を横切っている。
(アイレス…、この娘、本気だ…!)
ファレスルは本能的に身の危険を感じ、距離をとって構えを守りの体勢に変えた。アイレスは一切容赦せず、両刀を順手に構えて再度切り込んだ。ファレスルもギッと歯を噛みしめ突進する。大剣1本と短剣2本のつばぜり合いとなった。筋力では圧倒的にファレスルが強い。アイレスは徐々に体が沈んでいく。ファレスルが力でアイレスをはじいて一瞬引き、ドゥナダンたちは息を飲んだ。
「…アアァッッッ!!」
気合いの入った声と同時に、体勢の崩れたアイレスに向かいファレスルは大きく振りかぶって切り込んだ。アイレスは2本の短剣を交叉してそれを受け、衝撃を刃の彎曲に分散させながら左に退き、ファレスルの右手首に思い切り噛みついた。
「…チッ!」
ファレスルが右手を振り払った次の瞬間、アイレスは大剣を持ったファレスルの左手をかかと落としで攻撃し、大剣は大地に転がった。
「お見事。勝負あったな」
ケーワイドは満面の笑みでアイレスに近づき、握手を求めた。ファレスルは頭をかきながら剣を拾い、こちらもアイレスに握手を求める。
「アイレス、強いな、君は。楽しかったよ」
「剣じゃかなわないって最初から分かってたから。卑怯だったかな」
「いや、実践で必要なのはアイレスのやり方だ」
「では今の戦いぶりからどうするか判断させてもらうが、ドゥナダン、異論はあるか?」
ドゥナダンはもはや何も言えなかった。
「しかして、この旅の仲間は8人となったわけだな」
「ケーワイド、ミドレ・アイレスの家族にはどうすれば?」
村長は心配げにケーワイドに問うた。アイレスが家族に何も言わずに出てきた可能性もあるのだ。
「村長、大丈夫です。お父さんに話してきたから」
それを聞きドゥナダンは一層頭を抱える。
「なぜそこで止めてくれないんだ、お義父さん…」
「さあ、時間をとってしまったな。目立たない時分に出発しなくては。行こう」
「あ、ファレスルの脚を手当てしないと」
「見てごらん、アイレス」
ケーワイドに言われ全員でファレスルの腿を見ると、確かにアイレスの短剣で切りつけたはずが、傷は治っていた。しかし服は切れたままで、血もにじんでいる。ファレスルは驚いて手首を見たが、アイレスの歯形は治っていない。こちらはかなり出血しているので、セプルゴが薬草を手早くすりつぶして傷口にすりこんだ。
「これはまた、どうして…」
「アイレスとファレスルの剣にかけた魔法が効いておるのだ。瞬時に傷口をふさぐから、手だろうが首だろうが切り落としてもその瞬間にふさがる。出血も少ないから、よほど連続して傷を受けるなどしないと死ぬことは稀だ。もっとも、痛みは残るがの」
「この魔法は我が師、ケーワイドが確立したものなの」
アイレスと同じくらいの長さの黒髪をサラリとなびかせ、アレン・ユーフラは誇らしげに言った。
「無駄話はあとだ、行こう!」
「お気をつけて!」
8人は村長をもう一度振り返り、目立たぬ色の外套に身を包んで、街道に足を踏み入れた。再び冷たい風が吹き始めた。