第四十九話 婚約者
柔らかい朝日がまぶたをくすぐる。アイレスは寝返りをうち何かが手に当たったのに気がつき目を覚ました。ドゥナダンの広い肩だった。少し汗ばんでいる。
「…ドゥナダン、起きて。ちょっと早いけど、もう支度しよう」
「んーーー、もう朝かあ。…よっと」
ドゥナダンは横で頭を起こしているアイレスを抱きしめ、ついばむように何度も口づけした。最後に深く口づけして力いっぱい抱きしめる。
「おはよ、アイレス」
「おはよう。出発前に市場行くでしょ? 準備しようよ」
「そうだな。食糧も買い足そう」
もう一度軽く口づけし、ドゥナダンは立ち上がった。ひきしまった背中から腰の筋を見て、アイレスは昨晩のドゥナダンとのひと時を思い出した。何度「愛してる」と言ったか、「愛してる」と言われたか、数えられる回数ではなかったことしか覚えていない。でもまだ足りない。アイレスは裸のままドゥナダンに後ろから抱きついた。
「ん? どうした、アイレス?」
「ドゥナダン、愛してる……」
アイレスの亜麻色の髪が日に透ける。ドゥナダンはフッと微笑んでアイレスの頭をなで、
「俺も愛してるよ、アイレス」
と言って額に口づけた。
テイノ町からの援軍は約3000人、腕のいい剣士が揃っていた。
「それでは隊列の確認を行う。良いな。先頭は早馬の斥候隊と弓隊の二番隊、その後ろに大剣部隊だ。大剣部隊の両脇は槍隊が守る」
町長の的確な指揮ですばやく隊列が組まれていく。援軍は皆、他地域の傭兵をすることもあり、戦闘には場馴れしているようであった。
「客人のスウェロ・ドゥナダン殿と婚約者ミドレ・アイレス殿は最後尾の隊についてもらう。大剣の二番隊と一緒に殿を守ってくれたまえ」
大勢の隊の前で婚約者と暴露されてしまった。この形式ばった物言いはテイノ町の慣習なのだろうが、周囲を取り囲む血気盛んな剣士たちから好奇の目を向けられるようになってしまった。
「初めまして、婚約者殿! 付き合いはいつからだい?」
「いい剣を持っているね。テイノ町の最高級品にも匹敵する。ぜひ君の故郷の鍛冶について聞きたいな」
ドゥナダンは周りに聞こえるように舌打ちをし、アイレスの腰を抱き寄せて無言でにらみつけた。
「もう、ドゥナダン! テイノ町の皆さんは協力してくれてるっていうのに!」
「出発するぞ! 総員トゥライト平原へ向けて前進!!」
町長から全権を任された隊長のかけ声に合わせて一同が鬨の声を上げた。そっぽを向いたドゥナダンはアイレスの腰から手を離し、そのままアイレスの手をとって歩き始めた。剣士たちは口笛を吹いてふたりを眺める。
「なんだなんだ、気を悪くしたか? すまなかったな」
「そう怒るなよ。こちとら男ばかりで色気のある話がまるでないんだ」
ドゥナダンは相変わらず機嫌が悪かったが、気安く話しかけてくる剣士たちを無視するわけにもいかなかった。
「アイレスは俺の婚約者なんだ。またからかってみろ、容赦しないからな」
「ドゥナダンったら! ごめんなさい、本当に冗談が通じなくって」
「ほう、婚約者殿は冗談が通じるのかい?」
眼光鋭いドゥナダンの目が剣士たちをとらえる。
「ハハハ、怖い怖い。よっぽどこのアイレス嬢に惚れてるんだな、君は」
そう問いかけられたドゥナダンは毒気を抜かれ、目元を赤くして、
「……悪いか…?」
とだけ言ってまたそっぽを向いた。次の瞬間、周囲の剣士たちが一斉にドゥナダンの頭をはたいたり肩を組んだりとからんできた。大きな笑い声とドゥナダンをはやし立てる歓声がこだまする。
(この感じ、久しぶり。ファレスルたち元気かな…)
アイレスは急に仲間が恋しくなった。
(……?)
かすかに地鳴りがする。アイレスは振り返ったがテイノ町の高炉の煙の他は何も見えなかった。




