第四十八話 ふたり
「あーーー! 神経すり減ったっ!!」
誇り高き鍛冶集団の町、テイノ町の町長ラクト・サイデリーに挨拶した後、アイレスとドゥナダンは今夜の宿に案内された。部屋に入るなりドゥナダンは寝台に身体を投げ、グッタリと全身の力を抜いていた。
「お疲れさま。でも格好良かったよ!」
アイレスは布を水に浸して固く絞り、ドゥナダンの額の冷や汗を拭いた。どこかの騎士か役人になったかのような口調のドゥナダンを思い出す。いつもの笑顔もいいが、儀礼ばった顔も新鮮であった。
「ケーワイドもなあ、もう少しちゃんと教えといてくれればいいのに。本当に参ったよ」
「ふふ、ケーワイドが何考えてるか分からないのは今に始まったことじゃないでしょ?」
「そうだな。とはいえ、何が待ち受けているかなんてケーワイドにも分からないんじゃないかな」
アイレスは目を伏せて小さくうなずいた。ただでさえ誰にも明日のことは分からないものだが、このような長旅の途中、ただひたすらに前に進む以外できることなどありはしないのだ。
「…かまどがあるね。お茶入れようか」
立ち上がって部屋を見渡す。質素なつくりであるが、湯を沸かせるように煙突つきのかまどや、部屋に備えつけの水浴び場があり行き届いている。身体を拭く清潔な布や寝間着もある。しかしアイレスは部屋を行き来しながら違和感を覚えた。
(なんだろう? 何かが足りない)
茶を入れ、先刻の歓迎の夕食での出来事をしゃべりながら、アイレスの違和感は抜けなかった。
「さて、明日は早速出発だ。寝ようか」
ドゥナダンは寝台に長い脚を投げ出し横になった。そしてようやくアイレスは違和感の正体に気がついた。
「ちょっと! 寝るところひとつしかないじゃない!」
ニヤリとドゥナダンは笑って頭を起こし、立ちつくすアイレスの腰を抱いて寝台に組み敷いた。
「なんだ、今ごろ気づいたのか。何も言わなかったからいいのかと思ってた」
「どうしてこんな、ちょっと、んん……っ!」
首筋に口づけされてアイレスは身体をよじったが、力強くドゥナダンに押さえられ身動きがとれない。
「婚約者だって言ったからだろ。なあ、アイレス、ウェール村にいたら今ごろ…」
ウェール村にいたら今ごろ。それはふたりにとって言ってはいけないことであり、しかしお互いの顔を見るたびに思い起こされることであった。幸せな新婚生活が待っているはずだったのに、見も知らぬ土地を旅し、危険な戦闘にさらされ、わけの分からぬ任務を背負っている。それは自分だけではない、仲間も同じだ、そう思うよう努めれば努めるほど、すぐ隣にいる愛しい人を思いきり抱きしめられない苦悩が迫ってくる。
「ケーワイドが俺らを同じ組にしたの、わざとだと思うよ。一緒にいた方がお互いを守り合えるから」
それはアイレスにも分かっていた。そもそも自分の旅の動機はそのためだし、ドゥナダンはそれを分かっているからこそ、自分たちがお荷物にならないようにアイレスを守りながら力を尽くす。
「でもそれだけじゃなくて、俺らがこんな状況にいることを不憫に思ってるんじゃないかな」
話しながらドゥナダンはアイレスの頬や目尻に口づけし、ますます身体を密着させてくる。ドゥナダンの全身が熱くなっているのが分かった。アイレスは強く抱きしめられ、息をするのが精一杯であった。
「アイレス、ああ、アイレス、聞いてくれるか? どうしてこんな目に合わなきゃならないんだ? ああ、何を言っているんだ、最低だ俺は。ワールディアの危機だっていうのにこんなにも自分勝手だ。アイレス、幻滅するか?」
骨が折れそうと思うほど、ドゥナダンはアイレスをきつく抱きしめた。かすかに震えている。アイレスはドゥナダンの背中を軽くさすった。
「……アイレスだけを連れてどこかに行ってしまいたいよ…」
それができないのがドゥナダンなのだ。そんな不器用な生真面目さをアイレスは愛している。
「…どこへでも行っちゃおう?」
アイレスがそう言うと、ドゥナダンの腕の力が少し緩んだ。深く口づけしながらアイレスは重心を移してドゥナダンの身体を下にした。寝間着をはぎ取りながらもう一度口づけする。
「どこへでも…ずっと……一緒に…………」
ふたりはお互いの体温が混ざり合うのを感じながら、夜の闇に沈んでいった。




