第四十七話 誇り高き鍛冶集団のテイノ町
風に吹かれて歌いながら歩いているとテイノ町はすぐに見えてきた。
「日が暮れる前に着けそうだな」
「最初からローホー山を迂回すれば良かったね」
アイレスとドゥナダンは手を取り合い、さながら散歩するように軽快に進んでいった。体力あり余るふたりにとってどうということはない道程であった。
ローホー山の斜面に沿って水車とれんが作りの高炉が立ち並び、隣接する小屋からは甲高い金属音が響いていた。アイレスは目を輝かせ小屋に近づいた。
「鉄を鍛える音だ! そっか、テイノ町って聞いたことあると思った。鉄鉱石の産地だよ」
鍛冶屋の娘であるアイレスは時おり父テンクスの仕事を手伝っている。燃え盛る石炭に鉄の塊を突っこみ、鍛えては熱しをくり返す。女にできる作業ではないが、火の温度を見たり、研ぎ石の整備をしたりと、家族総出で剣や包丁を作っている。アイレスの両腰に下げている短剣もそうして鍛えたものだ。
「そこらじゅうに鍛冶屋の看板が出てるな」
「あとでいくつか見たい!」
見慣れぬ旅装束で歩くふたりに、ふとテイノ町の住民が近寄ってきた。
「そこのご両人。どちらから? 実にいい剣をお持ちだ」
そう声をかけられて初めて、アイレスは町に着いたらどうしたらいいか聞いていなかったことを思い出した。かと言って旅の目的をおおっぴらにするのは憚られる。
「……ガダン・ケーワイドの使いで参った。町長のラクト・サイデリー殿に目通り願いたい」
はっきりした声でそう答えるドゥナダンに驚き、アイレスは振り返った。アイレスの両肩に触れ、ドゥナダンはキッと口元を引きしめて堂々と住民に町長への面会を願い出ている。初めて見る顔であった。
「ケーワイド殿の使いか。これは失敬。私は役人ではないから、このまままっすぐ役場を目指してくれ」
「ご協力、感謝する」
そのままドゥナダンはアイレスの肩を抱いて通りを進んだ。
「…ドゥナダン、どういうこと?」
「ケーワイドから言われてたんだ。テイノ町は誇り高い住民が多いってね。でも訳が分かったよ。刀鍛冶が多いから腕のいい剣士が集まるんだ」
そしてドゥナダンは小さく「それらしく振舞わないと」とつぶやいた。様子を見ていると、確かに町全体にピリッとした緊張感が漂っている。だらしのない、みっともない人はひとりもいない。良質の鋼と刀剣を産出している自負があるのだ。町役場は簡素ながらも荘厳な門構えの建物であった。案の定、扉は鉄製であった。
ケーワイドからの通達は役場に行き届いているらしく、アイレスたちはわりとすんなり町長に会うことができた。町長の机は執務室の一番奥で、一段高いところにズッシリと置かれていた。同じように重々しい椅子に座った町長は小柄ながらも筋骨隆々としており、骨ばった手は長い間金鎚を握ってきたことを感じさせた。アイレスはドゥナダンと一緒にひざまずきながら一歩後ろに下がり、ドゥナダンの挨拶をじっくり聞いていた。
「お初にお目にかかります。魔法使いガダン・ケーワイドと共にウェール村より参りました、スウェロ・ドゥナダンにございます。こちらは私の婚約者、ミドレ・アイレスです」
アイレスは「婚約者」という言葉を聞いてドキリとしたが事実そうなのだ。いちいち反応してしまう自分が照れくさかった。険しい顔つきの町長を前に臆しないドゥナダンを見ていると惚れ直してしまう。
「ケーワイドからの通達は届いておりましょう。援軍について快諾くだされたと聞き及んでおります。何とぞ惜しみなき協力をたまわりますよう、お頼み申し上げます」
町長はコツコツと靴音を響かせてドゥナダンに近づいて片手を肩にかけた。
「若い旅人よ、そう固くなるな。他でもないケーワイド殿の頼みだ。是が非でも協力させてもらおう。3000人の兵をすでに用意してある。明日にでも出発できるぞ」
顔を上げたドゥナダンの瞳は高貴な光に輝いていた。




