第四十六話 いずこへ行かん 君の手をとり
アイレスとドゥナダンはほぼ同時に目が覚めた。どれぐらい時が経ったのか皆目見当もつかない。
「でもふたりして時間の感覚が狂うとは思えないから、だいたい朝なんじゃないかな」
一晩寝て慣れてしまったのか、ドゥナダンはわりと楽観的だ。アイレスもこんなところで寝られたんだから自分は相当神経が太いに違いないと思った。少しでも元気を出すために、たっぷりの砂糖で煮つめた果実を携行食に乗せて食べた。
「ファレスルは一体どれだけ調味料を持ってきてるのかしらね」
「持てるだけ、だろうな。毛布とか着替えとかは人任せじゃないか、あいつ」
「でもずっと恩恵にあずかってるんだから、毛布ぐらい持たせていただきますって感じ」
「ハハ、それぐらい当然だな」
温かい手料理を想像すると少し心もぬくもってきた。
「セプルゴ、元気かな」
「無理してないといいけどな。早くみんなの顔を見たいな」
「…そうね」
ふたりきりで歩くのも悪くないが、皆に囲まれて笑い合うのが性に合っていた。共にいられる幸せを仲間に感謝し分かち合う方が良かった。ふたりだけの秘密はたまにでいい。誰にも見せない秘めた表情も、暗い感情も、時たま吐き出せればそれでいい。
それでも急にせまってくる不安。幸せなはずのふたりの心情は揺らいでいた。すぐそばにある危機がこれほどに心をかきみだすとは誰が予想しただろうか。
「行こう。一刻も早くここを出よう」
簡素な食事を終えふたりは立ち上がった。相変わらず妙な生き物が光を嫌って襲いかかってくるが、どう払えばいいか分かってきた。慣れとは恐ろしい、とアイレスは思った。一度来た道なので迷うことはない。
ひとつ、人恋しや床の外
ふたつ、ふるえる窓を透かす陰
みっつ、見る間に消ゆる胸のとげ
よっつ、夜風が我を呼ぶ
いつつ、いずこへ行かん…
「『君の手をとり』、だったか?」
そうドゥナダンに問われ、アイレスは自分が歌を口ずさんでいることに気がついた。重苦しい空気と途絶える気配を見せない暗闇に包まれ、何に向き合えばいいのか分からなくなってきた。自分? すぐそばにいる婚約者? この長旅の行く末? この星の運命?
「……アイレス、どこまででも行こう、な」
ドゥナダンは自然にアイレスの手をとった。明るくても暗くても、楽しくてもつらくても、うれしくても悲しくても、それが続いても途切れても、どこまでも行くしかない。受け入れるしかない。
「『一緒にいれば大丈夫』、なんて陳腐だ。本質を見て進める方へ進むしかない。例えこの暗闇にひとりでとり残されたとしても……」
ドゥナダンが何を言いたいのか分かる。確かなものは何もないのだ。この手のぬくもりさえも、手を離せば消えてしまう。でもそのことを厭うのもせんないことだ。何が起こっても目をそらさずに、どこまでも行くしかない。
「あ、アイレス。もうすぐ外かも知れない」
確かに空気が少し変わった。爽やかな風をかすかに感じる。無意識に先を急いだ。
「出口だ!」
「ドゥナダン、気をつけて」
出口であることは分かったが外も明るくはなかった。
「……!」
まぶしさを感じない。もう日が暮れていたのだ。西の空は橙色と藍色が混ざり合いながら伸びていて、1日の終わりを告げていた。輝く雲は黄金よりも澄み、かつ重厚な光を放っていた。太陽を追うように一の月が傾いており、暗くなっている東の空を星が彩り始めていた。夕焼けに向かって鳥の群れが飛んでいく。すべてを動かす昼とすべてを休ませる夜が交代しようとしていた。
「外だあー…!」
「ああ、いい空気だなあ」
「もう本当にこりごり!」
空と太陽と月はやはり偉大だ。
(そういえば白い人は太陽の恵みをあまり知らないってケーワイドが言ってた。そんな中で暮らしてたらどう思うだろう…)
アイレスはふと疑問を抱いたが、涼やかな風を思いきり吸いこむことに意識が負けてしまった。
「夜風が我を呼ぶ。いずこへ行かん、君の手をとり」
ドゥナダンが歌を口ずさむ。この空が続く限りどこへでも行ける気がした。例え確かなものが何もなくても。




