第四十五話 不気味な抜け穴
ジメジメした空気は間違いなくカビの胞子をはらんでいる。アイレスとドゥナダンは抜け穴へ入っていく覚悟を決め、口元を布で覆って突入した。
「…きゃあ!」
早速何かを踏んでアイレスはつんのめった。
「待て、アイレス。この石は祈れば光るんだ。ちょっと待ってろ」
ドゥナダンはゴソゴソと懐を探って偽の『ワールディア』を取り出し、額の前に掲げて念じた。少し間を置き小石は青緑色に輝きだした。アイレスが「もっと光って」と祈ると進むのに充分な明るさになった。目が暗さに慣れてくる。小石を高く上げて周囲を見渡すと、奇妙な羽の生えた生き物が天井中にぶら下がっていた。
「!!」
その生き物は明るい小石をめがけて襲ってきた。森にいるねずみに羽が生えたような風貌で、キーキーという鳴き声をあげている。ドゥナダンがとっさに石を外套に隠してしゃがむと、バサバサと羽を羽ばたかせて生き物は天井へ戻っていった。
「なんだろう、光が苦手なのかな」
「そういえばあたし何踏んだんだろう? ちょっと照らして」
そっと小石をアイレスの足元にかざすと、天井を埋めつくしている生き物の死骸が転がっていた。
「……っっ!」
アイレスはギュッと唇をかんで叫ぶのを我慢し、ドゥナダンの腕にしがみついた。しかしドゥナダンも動転しないわけではない。冷や汗が背中を走っていくのを感じた。
「早くこの穴を抜けよう。それ以外考えるなよ」
何度も小刻みにうなずき、アイレスはドゥナダンにしがみついた手をゆるめた。
「この横穴、普段使ってるんだよね?」
「うーん、ケーワイドがこの道を行くように指示したんだから使ってるんだと思うけど」
とても生活道路とは思えない不気味さだった。静寂が続くと思いきや、先ほどの生き物の鳴き声や、わき水か何かが滴るピチョンという音が穴に響き、生きた心地がしない。人っこひとり通らないが、しかし誰かとすれ違ったらそれはそれで肝が冷えるだろう。どれほど時が経ったのかもまったく分からなかった。
「少し腹が減ったな。アイレスは?」
「うん、あたしも少し」
頼りになるのは腹時計だけだ。ふたりは携行食と干し肉をかじって空腹を満たした。一刻も早くここを出るのが先決で、ゆっくり食事する余裕などどこにもない。進めば進むほど、この先に出口があるのかと不安になった。アイレスもドゥナダンも長いこと無言だ。
ヒタヒタという自分たち自身の足音の反響を無意識に聞き続けていたが、その響きの様子が少し変化した。反響がすぐに耳に戻ってくるようになってきた。
「あれ? 行き止まり?」
ドゥナダンは輝く小石を前に突きだして先を照らした。奥を見ると大きな岩が行く手を阻んでいる。
「うそ、道を間違えてたの?」
「そんなはずない。分かれ道なんてなかったろ」
上まで照らしたが岩はいくつも折り重なるように積まれていて、暗さもあり、登ったところで向こう側に行けそうもなかった。
「誰かがふさいだのかな?」
「いや、自然に岩が崩れたようだな。だから誰もこの道を使ってないんだ」
「どこにも抜け道もないね。どうしよう?」
ドゥナダンは頭を抱えてしゃがみこんだ。
「戻るしかないだろ。後戻りして穴から出て、ローホー山を迂回してテイノ町へ向かおう」
アイレスもその隣に腰を下ろした。心底くたびれたような顔をしている。
「そうね。ねえ、今は昼? 夜? よく分からないけど疲れた…」
「うん、どうしようもないし、寝てしまおうか」
アイレスとドゥナダンは身体を寄せ合って目を閉じた。静かすぎて世界にたったふたりしかいないかのような錯覚におちいる。たまにあの生き物の声がしアイレスはビクッと肩を震わせた。そのアイレスを強く抱きしめ、ドゥナダンは浅い眠りに落ちていった。




