第四十四話 不器用で生真面目な若いふたり
アイレスとドゥナダンはトールクたちと分かれてすぐにワン川にかかる小さな橋を渡った。そのまままっすぐ行くと道はローホー山にぶつかる。山に抜け穴が掘ってあり、それを抜けるとテイノ町はすぐだ。
「穴は多分暗いし通り抜けるのは気が進まないけど、歩く距離としては短いからな。覚悟を決めて進むしかない」
「そうね。今日はどこで休む? 穴に入る手前にする?」
「そうしようか。ジメッとした所じゃ気持ちよく眠れないだろ。いい空気の中で寝よう」
その夜は山のすぐふもと、穴の入り口の側で休むことにした。ふたりで小さなかまどを作って薪を入れ、火打石で火をつけた。ドゥナダンが火を守りながら木の実で作った携行食と干し肉をあぶり、アイレスは沸かした湯で簡素な汁物を作る。
「…見た目はわびしいけど、悪くないな」
「ファレスルがいろいろ作ってくれて助かったね」
ドゥナダンは干し肉を歯で食いちぎり、首を横に振った。
「もちろんファレスルの料理はうまいけど、そうじゃない。このいつ終わるか分からない旅でアイレスが一緒にいる。本当は守るものを増やしたくなかったけど、アイレスがいてくれて良かった」
「………」
パチパチとはぜる火を見つめ、ドゥナダンは話し続けた。
「母なる大地も、甘い泉の水も、本当はどうなろうと知ったことじゃない。アイレスがいなければ意味がない。……不真面目だな、俺は」
アイレスは何と言っていいか分からなかった。本当は自分も同じ気持ちだからだ。
「アイレスがいればいいんだ。一緒にいられればそれでいいのに。他には何も望んでいないのに…」
「ドゥナダン、どうしたの急に……?」
「峡谷をひとりで越えた時にさ、痛感したんだよ。アイレスがいないと、アイレスと一緒に暮らすためだって思い込まないと、俺には何もできやしない」
ドゥナダンは頭をたれており表情が見えない。
「……それの何がいけないの? 誰かのためじゃないと力なんて出ないもの」
「違う。俺は自分の満足のために、自分がアイレスといるために動いているんだ。ケーワイドを見ろよ。いつも何かを犠牲にして『ワールディア』を守ることに専念してる。トールクもセプルゴも、愛しい家族と離れ離れになっても恨み節ひとつない」
アイレスはそっとドゥナダンの肩に触れた。不器用な生真面目さが指先から伝わってくる。弱音も、自責も、ドゥナダンが持つ秘めた顔は自分だけのものだ。
(あたしこそ根暗で醜い……)
他の誰にも見せないドゥナダンの感情をひとり占めし、アイレスは暗い充足感をかみしめた。
(ドゥナダンは本当に馬鹿正直だ。普通はそんなこと気にしないのに、自分を許せないのね。あたしが……、あたしが、ドゥナダンを許してあげる……)
最低だ。アイレスはそう自分を追いつめながらドゥナダンの頭を胸に抱いた。
食事を終えて顔と身体を拭くと、少し気分がすっきりした。ドゥナダンが慣れた様子で偽の『ワールディア』に念をこめ、ふたりを囲む防壁魔法を出現させた。アイレスは感嘆し言葉を失う。
「ほら、これで安全だろ?」
「……すごい! ドゥナダン、魔法使いになったみたい」
「アイレスもできるよ。明日やってみるか?」
ウェール村にいれば平凡な新婚夫婦であったはずの、若いふたり。抱えきれないほどの重荷と耐えきれないほどの重圧が、この長旅では背後についてきている。向き合う必要のなかったことも目の前に露呈してくる。何を守るためにここにいるのか。それに答えるのはケーワイドとて難しい。




