第四十二話 男たちの夜
翌日の早い時間に3500人の援軍はトゥライト平原へ向けて出発した。ケーワイドとポルテットも最前列につき、町長や自警団員と共に進んでいた。屈強な男たちに混じって、ポルテットは早足でついていった。
「やあ、ポルテットといったな。私たちの歩く速さについてくるとは大したもんだ」
すぐ隣を歩いていた男に話しかけられ、ポルテットは顔を上げた。
「初めまして。シンラ・オクシロンだ」
背の高い青年はポルテットと同じような剣を2本腰に下げている。ニコッと笑った口元に八重歯が見えた。
「こんにちは。僕もこう見えて自警団でならしてるんです」
「ポルテットはウェール村の自警団で1、2を争う健脚の持ち主なのだよ。走らせても格段に速い」
先頭で村長と語らっていたケーワイドが振り向いてそうつけ足した。
「お、私も脚には自信があるんだ。後でぜひ競争しよう」
「無駄に体力を使うでないぞ」
ショーラ町の人は親しみやすい雰囲気でポルテットは安心した。長い徒歩の道のり、少しでも仲良くなりたいものだ。とはいえ朗らかにしゃべりながら元気に歩いていれば、ポルテットは皆に受け入れられていった。
トゥライト平原へ向かう行程の最初の夜は、ワン川を背にしての露営であった。水を汲み、一斉に湯を沸かす。ショーラ町では原産の穀物で様々な保存食が作られており、ケーワイドたちにも振る舞われた。主食にも、汁物の具にもいい。
「市場でもっと買うべきだったな」
とケーワイドは夕食をすすりながら言った。初めて目にする料理をポルテットは慎重に口に運び、目の色を変え、そして無心で皿を持ち上げてかきこんだ。
「おいしい!! 何これ? 汁にも野菜にも合う! うわあ、こんな食べ物がこの世にあるなんて!」
盛大な賛辞を聞き、ショーラ町の人たちの顔にも笑顔が広がった。オクシロンが大鍋を抱えてポルテットの横にやってきた。
「ほら、まだまだあるぞ。食料は充分に持ってきているから好きなだけ食べるといい」
「ありがとうございます! でも僕たちがあげられるものなんて何もないもんなあ」
皿に汁をよそい、オクシロンはポルテットの頭をワシャワシャなでた。
「何言ってる。ケーワイド殿たちと旅をしてきたんだろ? 色々と聞かせてくれよ」
ポルテットは顔全部をクシャッと破顔させて、得意気に旅の記憶を語りだした。大潮で逆流した川、看病好きな妖精、翼を持つ魔法使いとの戦闘。8人の仲間に剣の達人が何人もいること、旅の途中でも妥協しない料理人がいること、トゥライト平原で皆をショーラ町の人に紹介できることを楽しみにしていること。話は尽きない。眠くなるまでポルテットは話し続け、オクシロンは最後まで聞いていた。
「もう遅い。そろそろ寝よう」
「はい。聞いてくれてありがとう」
「とんでもない。楽しかったよ」
二の月が姿を見せ始めた。すでに休んでいる人もいる。たくましい男たち大勢での野宿だ。いびきも歯ぎしりも聞こえてくるが仕方ない。
「ポルテット、君は私の弟に似ているよ」
ワン川へ顔を洗いに行った後、並んで横になっていると、オクシロンがポツリとつぶやいた。
「へえ、どんな子なんですか?」
「君みたいにおしゃべりで、よく食べてよく笑う子…、だったろうね。生きていれば」
予想外の言葉にポルテットは頭を起こした。周りの男たちのいびきが一瞬だけやむ。
「10年前にこのワン川でおぼれて死んだんだ」
「……ごめんなさい…」
「謝ることはない。生きていれば君より5つほど年上だな。髪と目の色がよく似ていた。弟と話しているような気がして楽しかったよ。また明日も道々話そう、な」
明日も延々トゥライト平原へ向けて歩き続ける。ゆっくり英気を養うに相応しい、心落ち着く夜であった。
ケーワイドはポルテットとオクシロンが肩を並べているのを眺め、満足そうに立ち上がった。ショーラ町長のニイン・ミグラルに仲間を紹介すると考えたとき、あえて最年少のポルテットを連れていくことにしたのは一種の策略であった。
(もちろん誰を連れて行っても遜色などないが、もっともミグラルの鼻を明かせられるのは子どもだ。この小さな身体にあふれる快活さが、何よりショーラ町の人々の心を動かすと確信していた。やはりポルテットを連れてきて正解だったな)
ケーワイドは策士だ。この辺り一帯でもっとも有力なショーラ町を動かすにはどうするかずっと考えていたのだ。
「ケーワイド」
顔を洗いに行こうと川に向かっていると後ろから声をかけられた。ミグラルであった。
「昨日の夜は出発の準備でごたついてすまなかったな。これから1杯どうだ?」
見ると、ショーラ町名物の蒸留酒を小脇に抱えている。
「良いな、久しぶりに」
簡素な天幕の下で夕食の残りを肴にチビチビと飲んだ。ミグラルに控えていた役人も下がり、ふたりだけで杯を交わして語り合った。
「しかしケーワイド、その話し方はなんだ? 年寄りくさい」
「うるさいのう、構わんでくれ」
「それだよ、それ。どうせ癖になってるんだろう?」
ふたりともしこたま飲んでしたたかに酔っていた。夜も深まり周りはほとんど寝ていたが、ふたりの飲む勢いは止まる気配を見せない。小さな灯りをはさんでいつまでも話し続けた。
「なぜそんな話し方をする? 貫禄をつけたいとでも思っているのか? 馬鹿馬鹿しい、ありのままが一番信頼関係を築けるだろうに」
「黙れ黙れ。お前に私の深層なぞ分かるものか」
「ああ、知ったことか。相変わらずだな、ケーワイド殿は!」
ケーワイドは「フン」と鼻を鳴らし、杯の酒を飲みほした。
「ケーワイド、お前がどう振る舞おうと勝手だがな、無垢でひたむきなポルテットたちを裏切るような真似はするんじゃないぞ」
「…ご忠告、痛み入る」
そのまま立ち上がり背を向けて立ち去ろうとするケーワイドを見て、ミグラルも酒を飲みほし杯をケーワイドの後頭部めがけて投げつけた。見事に命中する。
「貴様…」
腹を抱えて笑うミグラルをにらみつけて、ケーワイドは魔法でミグラルの頭上から酒を浴びせた。したたる酒をなめてミグラルは「知らない味だがうまいな」とうなった。
「ウェール村の果実酒だ。今日は馳走になったな」
再びケーワイドは踵を返して、雑魚寝しているポルテットたちの所へ向かった。
男たちの夜は静かに更けていった。




