第四話 静かな門出
早朝の旅立ちはひっそりとしていた。この時期にはめずらしく冷たい風が吹いており、ガダン・ケーワイド率いる7人は、家族などの見送りもつけず、村長だけに付き添われて村外れの街道へ向かっていた。皆うつむき、もともと自警団で同じ地区の担当をしていたサラル・ファレスルとザック・ポルテットが時おり会話をするが、言葉少なに歩を進めていた。
「セルク村長、順当にデ・エカルテに到着するとして、何日で帰ってこられるでしょう?」
誰もが聞こうとしてできなかった質問を、ついにスウェロ・ドゥナダンが発した。
「……」
「……」
ミドレ・アイレスとの結婚式を間近に控えていたというのは村中が知っていたので、皆はドゥナダンの沈痛な面持ちを苦しげに見守っていた。
「早くて100日だろうか。ケーワイドの魔法は使わず徒歩で行くのだから、それぐらい覚悟してもらいたい」
「そう…、ですか……」
アイレスは100日ぐらい待ってくれる。そうは思うが、生きて帰ってこられるかが問題であった。しかしそれは聞けない。
「そういえばリーズン・セプルゴさん、赤ちゃんはいつ?」
他より一際高い声が聞こえた。ザック・ポルテット。声変わりすら来ていない子どもだった。ケーワイドは自警団長の推薦の通りサラル・ファレスルとザック・ポルテットを呼び出したが、ふたりとも非常に若いことに驚いた。そもそも自身の一番弟子のアレン・ユーフラ、リーズン・セプルゴ、サラル・ファレスル、スウェロ・ドゥナダンは20歳前後であるようだった。30歳をかろうじて回っているフレビ・トールクに頼ることも多かろう、と行く末を案じながら、とは言えやはり徒歩で行く長旅なので血湧き肉躍る若者の存在はありがたいし、つりあいはとれているとケーワイドは思っていた。
「そんな堅苦しい呼び方しないでくれ。セプルゴで結構だ。実はね、もう臨月なんだよ」
それぞれ家族を残してこの旅に臨んでいる。フレビ・トールクは妻と5人の子を養っていると聞いた。ドゥナダンは、やはりこの全員で無事に帰ってこなければ、と思った。
「さあ、ここから先は皆だけで進んでいってくれたまえ」
村長が小道の脇に下がり、ケーワイドたちを見送ろうとした。村長とケーワイドは目で何かを語っている。
「お気をつけて。どうか頼みます」
「ああ。この地に、平穏あれ」
全員もう一度ウェール村を振り返った。のびやかな木々、清らかな泉、萌える若草。生命力にあふれるこの小さな村を目に焼きつけた。
「行こうか」
ケーワイドが一行をうながした、その時。
「……ちょっと待ってください」
小道の向こうからミドレ・アイレスが現れた。腰まである亜麻色の長い髪を高い位置でひっつめている。旅装束に、よく手入れされた短剣2本を腰に下げていた。
「アイレス!」
思わずドゥナダンはアイレスに駆け寄った。
「誰から聞いた? なんだ、その恰好は? 駄目だ、連れてはいけないぞ。危険な旅なんだ」
「分かってる。ドゥナダンやファレスルたちが呼ばれるってことは、ただの長旅じゃないんでしょう? もういいよ、うやむやにしないで。帰ってこられないかもしれないんでしょう!?」
ドゥナダン含め、7人は下を向いた。それに向き合いたくなかったのだ。
「そんなの嫌だ。あたしも一緒に行く!」
「馬鹿を言うな! はっきり言うぞ、死ぬかもしれないんだ!」
「まあ、若いご両人。落ち着きなさい」
ケーワイドは微笑みながら片手を上げふたりの言い争いを止めた。
「ところでファレスル。自警団でこのミドレ・アイレスのことは見知っていような?」
急に話を振られ、ファレスルは周囲を見回しながら答えた。
「はい。地区が違うので、普段の活動は別ですが」
「ふむ。ミドレ・アイレスはかなりの剣の腕前と聞いておるが、どうかな?」
そのケーワイドの言葉を聞き、ドゥナダンは顔を青くした。
「何をお考えですか、ケーワイド! 駄目です! 連れていけない!」
「それを判断するのは個人の感情ではない。ドゥナダン、貴兄が結婚を間近に控えていたことも、セプルゴに身重の妻がいることも、ポルテットが年端も行かぬ少年であることも、この旅には関係ないのだ。危険な任務に耐えうる実力があるか、それだけだ」
一人ひとりがそれは納得していた。旅の目的を聞くにつけ、自分が行かねばならない、そう重く感じられたのだ。
「ではケーワイド。僭越ながら、私がアイレスの実力を試しましょうか?」
ファレスルは外套をひるがえし、長い剣に手をかけた。強烈にファレスルにつかみかかろうとするドゥナダンを、ケーワイドは杖で制した。
「良かろう。アイレス嬢にファレスルに匹敵する腕前があるか、それがすべてなのだから」
ケーワイドは杖を振り上げ、アイレスとファレスルに剣を差し出すよう言い、魔法をかけた。
「これで、この剣は命を奪えない。後ほど全員の武器にも魔法をかけるぞ。さあ、ふたりとも、思う存分やりたまえ!」
ドゥナダンは止めに入ろうとしたが、すでにアイレスとファレスルの眼光が剣士のものになっていると分かり、小声で「アイレス、無茶するなよ」とだけ言ってふたりから距離をとった。
いつ間にか風はやんでいた。