第三十七話 四手に分かれて
包帯を替えながらセプルゴは自身の胸の傷の状態を確かめた。傷口はふさがっているが完治にはほど遠い。歩くだけでも気を失いそうになるほど痛く、度々ドゥナダンやファレスルの肩を借りた。そして胸筋を動かせないので弓を引けないが、それが何よりつらい。ここで白い人に襲われたら皆に守られるしかないのだ。
(こんな所でいじけていてどうする。早く任務を終わらせて村に帰るんだ。ああ、ドリー、もうすぐ産まれるか? お前と我が子の笑顔のためなら、どんな任務にだって立ち向かおうと決めたのに)
「セプルゴ、手伝おうか?」
ドゥナダンが声をかけてきた。専門的な指示をきちんとしてやれば、手先が器用で几帳面なドゥナダンの手当ては正確だ。
「ありがとう。後ろから回してくれるか?」
「ん。しかし本当にセプルゴはいい肩してるよなあ。胸筋も腹筋もうらやましいよ。薬屋にしておくのは惜しいな」
ポルテットも寄ってきてセプルゴとドゥナダンの腕の筋肉をペタペタと触り比べている。
「全然違うね」
「やめろって、惨めになるだろ」
「薬草農家は嫁さんの実家なんだ。私は元々木こりだったんだよ。弓は趣味だ」
そう言いながらゆっくり肩を回すセプルゴを見て、ファレスルも「へえ、どうりで」と言い横に座った。
「奥さんはあれだろ? もうすぐ産まれるんだろ?」
「うん。もう産まれてるかもな」
「そんなに間近に迫ってる時だったのか、俺らの出発は」
朝食の皿を拭きながらアイレスとユーフラは男たちの会話に耳を傾ける。さらにケーワイドもその会話に入っていった。
「『ワールディア』を守るため故仕方がないのだが、細君のドリーには悪いことをしたの。さぞ心細かろう」
包帯を止め終え、上着を被りながらセプルゴは鼻の頭をかいた。
「しかし妻のドリーは強い女性です。臨月になっても薬を調合していた。私の方がヒヤヒヤしていたほどです」
「それでも出産間近の女性は情緒不安定になるものよ」
ユーフラも割って入り、子どもが5人いるトールクもうなずいた。
「ドリーの場合はさ、私が心配すればするほど強く大らかになっていったんだ。母は強し、だね。それに比べて私は……」
「なんだなんだ、セプルゴ。怪我して弱気になったのか?」
セプルゴは小さく笑いフッと目を伏せた。
「もしこの道中で自分に何かあったら……」
8人全員の頭からそのことが離れる日はなかった。ウェール村に帰れなかったら。二度と家族に会えないことになったら。
朝の風が少し冷たい。アイレスがそっとドゥナダンを見ると、ドゥナダンもまっすぐこちらを見ていた。
「そうならんために、勝負をかけるつもりだ。4つに分かれる顔ぶれは昨晩話し合った通りで良いな?」
ケーワイドは立ち上がり、2つの小石を取りだした。峡谷を越えるときにドゥナダンに持たせたものだ。そして杖を地面に向かって振り下ろし、大きな地図を出現させた。
「正面に見えるあの山はローホー山だ。そしてその向こうにトゥライト平原が広がっている。勝負はここでかけるというのは、先に伝えた通りだ」
地図を杖でなぞりながらケーワイドが説明すると、指された箇所が淡く光った。
「まずはこのショーラ町だ。私の修業時代の友人が町長をしておるので、ここは私に行かせてもらいたい。良いかな?」
全員が納得してうなずいた。幼いポルテットがケーワイドに同行することとなった。
「地図を見る限り、ショーラ町まではかなり歩きそうですね。僕がケーワイドを支えなきゃあ!」
「ハハッ、峡谷を越えたときのような悪路ではないが、いざとなったら負ぶってもらおうかの。さて、さらに距離があるのがこちらのカイシキ村だ。しかしワン川を下っていけばいいので、この辺りにあるはずの船着き場を見逃さんように。かなり体力を使うだろうが、トールク、ファレスル、首尾良くな」
魔法を使えないふたりのために、ケーワイドは偽の『ワールディア』を持たせた。ファレスルが両手で包み念をこめるとかすかに光った。
「ドゥナダンとアイレスはローホー山の向こう側、テイノ町だ。山を貫通する抜け穴が掘ってあるから、そこを行きなさい。道としては一番楽なのだが、いかんせん光が届かないからジメッとしておる。怪我人には悪かろう」
ドゥナダンは再び小石を手渡され、その魔力でもって単純な形の防壁魔法を出現させた。崖の下でフォアルと一緒に作ったような複雑な防壁魔法は出てこない。
「やっぱりフォアルがいないと駄目か」
「これ、遊ぶものではない。そして最後にセプルゴとユーフラだ。向こう側の山腹にあるローホー村へ行ってもらう。セプルゴの容態が危ぶまれるから、ユーフラについてもらいたい。頼むぞ」
ユーフラはセプルゴを支えて、「はい」と答えた。
「山越えってことですよね。大丈夫ですか?」
外套を着こみながら、ドゥナダンが心配そうに口を出した。
「考えがあるのだよ。さあ、ユーフラ、修行の成果を見せる時だ。とにかくセプルゴとユーフラはもっとも移動距離の短い所へ行ってもらう。まっすぐ山を越えるローホー村へな」
軽やかに1回転し、ケーワイドは旅の荷物を仕分けし始めた。魔法を使えるケーワイドとユーフラは荷物を手元から消した。そうではないファレスルたちは、「魔法は便利だな」と文句を言いながら荷物を背負いこんだ。
次に8人全員が揃うのはトゥライト平原での決戦の時だ。白い人たちに立ち向かう仲間はどれほど集まるだろうか。




