第三十五話 魔力の差
澄んだ夜空に散りばめられた星が何かを語りかけてくるようだ。トリドは心の奥からわいてくる魔力を強く感じていた。
(やはりケーワイドの言う通りだった。心の支えが魔力の『器』を広げるんだ。師よ、あなたもそうなのですか?)
しっかりと自分を抱きしめてくれたマリエスは、今はマリエス自身の町内会の人と一緒にいるため側にはいない。それでも自分を支えてくれていること、マリエスのためならどこまでも強くなれることを、トリドは知っていた。
「さあ、皆さん。いよいよ移動します。私の呪文に集中し、どうぞ抗うことのないよう」
「よし。皆がお前を信じている。頼むぞ」
村長はそう言い、トリドから少し距離を置いた。トリドを中心にして地響きが聞こえてきた。フォアルが大きく旋回して風を煽っていく。
「【ジーリラトンツェ】! 【ミリーディ、オージマ】! 【フォルタゴールフ】!!」
トリドは大地を拳で殴った。揺れと共に村人一同はフワリと身体を浮かばせた。そして着地すると、すでに見覚えのない場所にたどりついていた。ひとりとして欠けていない。
「…やった、成功だ……!」
誰よりもホッとしているのは他でもないトリド自身であった。間違いなく日中に斥候隊で様子を見に来た、峡谷の向こう側であった。
おびただしい数の白い人が横たわっているのが、月明かりでボウッと浮かんでいた。指1本動かさず、相変わらず死んだように転がっている。異様な光景に恐れをなして、村人たちは立ちすくんでいた。
「……ウウ…、…ッッ…」
トリドのすぐ足元に横たわる白い人がうめき声を上げた。女性だ。真っ白い肌。老婆のように白い髪。そして背には大きな翼があった。目を覚ましそうにはないが、ひどく苦しがっている。トリドはその白い人から目を離せなかった。
「トリド! もう行くって」
我に返るとすぐ隣にマリエスがいた。村長らも皆、白い人を踏みつけないように歩き出そうとしていた。手を引かれるが、苦しげな声がトリドを追ってきた。
「…ウ…、アアッ…! ア、グゥッ…」
なぜ他の白い人は眠るように静かなのに、この人だけ苦しんでいるのだろう。その考えにとらわれ、トリドはその人に向かって手を伸ばし治癒魔法をかけていた。
「【シン、チーラク】!」
「トリド、何してるの!?」
「マリエス、僕は後から行くよ。先に行っててくれ」
「そんなことできるわけ…」
翼を持つ白い人は目を開け、ゆっくりと頭を上げた。
「……お、のれ…、ケーワイド……」
女とは思えない低い声でつぶやき、目が白く光っている。獣のような声で師の名を呼ばれ、トリドはこの白い人に魔法をかけたことを後悔した。
(ケーワイド! あなたはなんと恐ろしい存在と戦っているんだ!)
マリエスを背後に守り後ずさりしていく。翼持つ白い人はやおら立ち上がり、恨みの言葉を強めていった。
「…おのれ、ケーワイド……、おのれ、おのれぇぇ!!」
バサァッと翼を大きく羽ばたかせ、突風を巻き起こした。トリドたちは思わずよろけそうになる。異変を感じた自警団員たちがすぐさまかけつけた。
「アアアアアアアアアアアアアァァァァァァッッッ!!」
夜空に向かってその白い人が叫ぶと、周囲に横たわっていた数千人の白い人がピクリと反応した。小さくうめき声を上げる者もいる。
「まずい、目覚める! 早くここから逃れるぞ!」
自警団長の指示で、ウェール村人は全力で崖を背にし先を急いだ。トリドはマリエスの手を引きながら振り返った。何人かが起き上がってこちらを追おうとしているのを、車椅子の男が引き止めている。
(あの翼のある女は叫び声でもって何千人もの白い人を目覚めさせたんだ。なんだ、あの魔力は?)
かすれゆく叫び声が聞こえなくなるのに気づき目を凝らすと、力を使いはたしたのかその場に倒れ伏していた。「フーレン様!」、「お目覚めください!」という白い人たちの声が聞こえる。あの女はフーレンというのか、と冷静に記憶に残しつつも、急にトリドは師のケーワイドと兄弟子のユーフラが心配になった。




