第三十三話 心に残る引っかかり
ビルニン村を出発した後はセプルゴの身体を案じてゆっくり進んでいた。ケーワイドは何度か空を気にし、アイレスたちに気づかれないように聞きなれない言葉をつぶやいていた。何かを待っているようでもあった。ある夜食事しながら談笑をしていると、ケーワイドの元に小さな光の玉がフワリと降りてきた。ユーフラは見覚えのある様子でケーワイドに何ごとかと問うたが、ケーワイドは首を横に振って物思いにふけってしまった。
「ケーワイド、絶対に何か隠してるよ」
アイレスが泉で顔を洗っていると、横からポルテットが話しかけてきた。したたる水を切ってアイレスはフッとポルテットから視線を外した。ケーワイドが心中を明らかにしていないのは分かっている。
「そうみたいね」
「新しい作戦なら、僕たちにも教えてくれたらいいのに。ユーフラも何も知らないっぽいし」
峡谷を越えるのに3手に分かれて、ドゥナダンは単身で最も危険な行程をとった。ドゥナダンは無事だったし、白い人を翻弄させるという目的は達成できたのだから、結果としては良かったのだろう。うまくいく算段もケーワイドの中にはあったようだ。しかしその手の内をケーワイドはアイレスたちに見せない。
そもそも不可解な行動が多すぎるのだ。アイレスたちの武器に魔法をかけたのも、自身が強力な魔法使いであるにも関わらずわざわざ徒歩でデ・エカルテへ向かおうとすることも、このような少人数で行動していることも。
「何考えてるか分からないって、苦しいね」
そうポツリと言うポルテットの悲しそうな声を聞き、アイレスは素直なポルテットをうらやましく思った。猜疑心が生じる余地がない。
(あたしは、ケーワイドがドゥナダンを危険な目にあわせたとでも思っているのかな……)
そんな考えを自分が起こしているなんて信じたくなかった。ケーワイドを始め、もちろんドゥナダンも、この旅に命をかけている。そんなおかしな疑念を持ち合わせているのは自分だけだ。
「【ローディ、オージマ】! 【リーグミ】!」
ミドレ・マリエスたち4人の斥候隊は、ユニ・トリドの呪文が終わった次の瞬間に村長らの前から姿を消した。マリエスは妹のアイレスの無事を祈りながら、移動魔法が自分の身体にかかる感覚に耐えた。トリドは幼なじみなのでよく魔法を見せてくれたし、一緒にあちこちへ移動して多くの冒険をしたものだ。しかし移動魔法はどうも慣れない。一瞬感覚も身体もバラバラになるような感じがし、次に意識が自分の元に返ってくると目的地にたどりついている。
マリエスたちが目を開けるとそこは峡谷の向こう側であった。巨大な常葉樹が自分たちを見下ろしている。トリドの移動魔法は正確であった。ゆっくり感覚が戻り、周囲を知覚する。
「…!! これは!」
「どういうことだ!!」
マリエスたちの足元には数千人の白い人が死体のように転がっていた。ピクリとも動かない。
「まさか…、死んでるのか?」
おそるおそる頸動脈を見ると安定した脈が感じられた。近くにいる何人かを確認したが、皆気絶しているだけのようだ。
「眠っているように見えるな」
「どうする? 図らずも白い人に追いついたわけだが。ひとまず村長に報告するかい?」
「そうだな。とにかく戻ろう。トリド、頼むぞ」
再びトリドは呪文を唱え、白い人を置いてウェール村人たちの元へ移動魔法でもって戻った。




