第三十一話 ビルニン村にて
高く高くフォアルは飛び上がり、まっすぐウェール村の方角を目指した。一旦村の様子を見にフォアルだけ戻ることにしたのだ。
「ではフォアル、頼んだぞ」
「セプルゴの奥さんのことも分かるといいな」
先の戦いでセプルゴは右胸を負傷した。つい先ほどまでトールクが負ぶっていたほどだ。セプルゴの明るい笑顔を見たくて、皆で元気づけた。
「もうすぐビルニン村が見えるのでは?」
「ファレスル、よく知っておるの」
得意げにファレスルは振り返り、
「うちの店の野菜はほとんどビルニン村から仕入れてるんです。瓜が特にうまいんだ」
とうなった。
「ファレスルの料理もいいけど、そろそろ上等の材料で作ったものを食べたくなってきたよ」
「ああ。育ち盛りのポルテットにいいもの食わせたいな」
「そこら辺の草じゃ限界があるよね」
アイレスはドゥナダンと、そして仲間たちと笑い合えるのが心底うれしかった。
(この時間がずっと続いたらいいのに。そう、ウェール村に帰ったら絶対に全員あたしたちの結婚式に来てもらおう)
そう思った。
はるか遠くに見えていた小さな村が、いつの間にかすぐ近くに見えてきていた。ビルニン村だ。ファレスルのいう通り畑が多く、ひっそりとしている。ケーワイドに連れられて、一行はこぢんまりとした宿にたどり着いた。
「いやあ、まともな場所で寝るのは初めてだな」
「部屋はどう分ける? 3部屋だろ?」
ユーフラがアイレスの腕をとりながら片目をつむって、
「アイレス、ドゥナダンと一緒がいい?」
とからかう。
「とんでもない、大事な旅の途中なのに! ねえ、ドゥナダン?」
「そういえばここに来てなかったら、とっくに式を挙げてたんだよなあ」
そうつぶやくドゥナダンはまんざらでもなさそうだ。
「そうはさせるか!」
ファレスルとポルテットがドゥナダンに両脇から飛びつきそれを阻止した。
「ドゥナダン、今夜は寝かせないからな。なあ、セプルゴ!」
いつもの空元気がないセプルゴは少しうんざりしている。
「勘弁してくれよ。本当に痛いんだから」
「寝てていいって。たまに合いの手を入れてくれれば」
「ファレスルたちの話聞いてて寝られるわけないだろう」
ケーワイドはクスクス笑いながら、
「では女性陣、年寄り組、若者組で分かれるとするか」
と言いトールクの背に触れた。トールクも
「年寄り、年寄りね」
と苦笑しながら賛同する。
「いい寝床を得たからといってはしゃぐでないぞ。セプルゴの様子次第だが、明日も早めに出発したい」
その夜は外食し、腹一杯食べた。宿の風呂場で汗を流し、温かい布団に包まれて眠った。旅の疲れがどれほどに溜まっていたのかを皆が実感した。慣れない旅がたたったのか、アイレスとユーフラは早々に寝てしまった。
深夜にアイレスはふと目を覚ました。あまりに寝つきが良かったのだろう、真夜中にもかかわらず頭がすっきりしている。少しのどが渇いた。ユーフラを起こさないようにそっと部屋を出た。
共同の手洗い場から部屋に戻ろうと廊下に出ると、ささやくような声が聞こえてきた。今日この宿には自分たち以外に客はいないはずだ。裏口が開いている。
「【ヌーウ、キニムコ】。【ドゥ、キニムコ】。【リート、】…」
何かの呪文を唱えるケーワイドが外にいた。右手に淡い朽葉色の光の玉が現れ、フワッと宙に浮いた。4つの光の玉がケーワイドの周りを旋回する。
「【モーラグレ、テトーペ】…」
最後に一言唱えると光の玉は空高く上がり、別々の方向へ飛んでいった。ケーワイドは深く息を吐き、宿の中に向かってきた。目の奥に重い憂いが見えた。アイレスはとっさに身を隠し、ケーワイドの沈んだ肩を見送った。




