第三十話 ドゥナダンの道程
「……ドゥナダン…!」
脱兎のごとく白い人の大群から逃れ、延々走り続け小さな林に身を寄せた後、ようやくアイレスはドゥナダンに触れることができた。
「アイレス、心配かけたな。悪かった」
ドゥナダンに強く抱きしめられ、アイレスはついに泣きだした。しゃくりあげるとドゥナダンの匂いをいっぱいに感じた。少し土臭いドゥナダンの匂いに胸が切なくなった。
「ドゥナダン、いったい何があった? 白い人たちに襲われたんだろ?」
ファレスルの問いかけは、アイレスとポルテットにとっては寝耳に水であった。そんなことが起こっているとは露ほども知らなかった。
「そうだな。どうして知っているんだ?」
「ユーフラがさ、フォアルの声を聞いて白い人に襲われたって察知したんだ」
「あら、もちろんわたしだけじゃないわ。そうですよね、ケーワイド?」
ケーワイドはそんなことは何ひとつ知らせてくれなかった。アイレスは飄々と旅をしていたケーワイドの様子しか記憶に残っていない。たまに妙な行動をすることはあったが、すべてはぐらかされている。
「それで? 襲われてからは大丈夫だったのか?」
ドゥナダンはアイレスを安心させるように肩を抱きながら歩いている。
「頭を殴られたことは覚えてるんだ。でも目が覚めたら、俺も白い人も、フォアルまでもが倒れてた。驚いたよ」
「やはりフォアルも余波を受けてしまったか。すまんかったの」
元の主人の肩に止まり、フォアルはチチッと鳴いた。ドゥナダンが
「やっぱりケーワイドが一番の相棒なんだな」
とさみしがると、フォアルはドゥナダンの肩にも止まって頭をすり寄せてきた。ポルテットが盛大にうらやましがる。
「白い人たちを撃退してくれたのはケーワイドだったんですね」
「うむ。ユーフラも危険を察して攻撃魔法を飛ばしておったはずだな」
フォアルがケーワイドやユーフラと意識を共有しているということに、ドゥナダンは驚きを隠せなかった。
「でもあの場所から随分時間がかかったようだの」
「そうなんですよ。実は崖を登っている途中、虫に驚いて手を離してしまって」
「虫ー? 花屋の息子が何言ってんだよ!」
皆にからかわれドゥナダンは頭をかいて笑った。
「ところで先ほどお前さん、妖精を従えておらんかったか?」
「妖精? あれは妖精だったんですね」
ドゥナダンは崖から転落した後のことを語りだした。
「…崖から落ちてまた気を失っていたんですが、目が覚めると洞窟の奥で寝かされていました」
白い人に殴られた傷も癒えておらず、腰と肋骨、そして恐らく肩を骨折しているようだった。にもかかわらず驚異的な早さで回復して、今は動くのに何の支障もない。
「小さくて光る虫のような生き物が看病してくれて、あっという間に治ったんです」
「虫か。そっちには驚かなかったわけ?」
なんでもない会話が続く。
「さまざまな力を持っている妖精がいるのだよ。ここに住んでいるのは、細胞の成長を早める力を持っておったのだな」
ケーワイドの解説に皆感心する。この地の不可思議をすべて知るのは容易なことではなさそうだ。
「ケーワイド、私たちの武器ってどういう状態なんですか? 白い人を切って確かに手応えはあるのに、血は少ししか流れないし傷もすぐふさがる」
愛用の大剣に触れながらファレスルは問いかけた。それはアイレスたちも抱いていた疑問だ。
「皆の武器にはな、変わった魔法をかけておるのだよ。切っても傷を瞬時に治癒するから、よほど何度も切り続けない限り出血多量にはならん。しかし痛みは残るし、気絶した場合でも意識が回復するのは普通に気絶した時と同様だ。つまり的確に急所を捉えれば、殺さずに長いこと気絶させられる」
「みんなの腕がいいからこそ威力を発揮するのよ」
ユーフラがそうつけ加えると、全員顔を見合わせてニヤリと笑い、誇らしげに胸を張った。
「さて、白い人たちを翻弄させることには成功したが、やはり危険であったな。あのフーレンとかいう魔法使いも思った以上に強力だ。少し作戦を考え直さねばならんな」
ケーワイドはまたひとり考えこみ、空を見つめることが多くなった。




