第二十七話 フーレンの瞳の光
フーレンは獲物を探す鳥のように下に目を見張り、白い人の精鋭27人の居所を探した。倒れた気配は確かにしたが、それ以降彼らの意識を感じられない。気を失っているのかも知れない。
やがて岩ばかりが見える場所にやってきた。昨日の川の逆流の爪跡があちこちにある。それに負けず細い草が岩のすき間にしぶとく根をはり伸びていた。ひときわ高い岩が見え、その向こうに白い人たちが折り重なるように倒れていた。フーレンは注意深くその元に降り立った。
「………これは…」
それだけ言ってかがんだが、差し伸べるべき手を自分は持っていないことに気づき、魔法でもってひとりを軽く揺すった。少し強くしてもまったく目覚めない。フーレンは一人ひとりの口元に頬を近づけ息を確認した。全員静かに呼吸をしている。
風を読むように上空を見上げ、
「この魔力は……、ケーワイド、それからもうひとり…」
とフーレンはつぶやいた。ギリッと歯を鳴らす。フーレンの瞳に光が宿った。翼を大きく広げながら喉の奥で呪文を唱える。
「【イーリン、トルポ】」
全身が白い光に包まれるのと同時に横たわっていた白い人たちはゆっくり宙に浮いた。フーレンはバサリと音をたてて翼を羽ばたかせ、身動きひとつしない白い人たちを先導しフィレックの元へと飛び立った。死んだようにぐったりした人が大勢空を横切っていく様は不気味であった。
「…おのれ、ケーワイド…」
フーレンは切れ長の目で憎しみを露わにした。
ふくらはぎの筋肉が痙攣してきた。無意識に膝で勢いをつけて登ろうとしてしまう。
(いけない、いけない。トールクに「重心の移動が不安定になるから絶対に反動をつけるな」と言われたんだった)
ドゥナダンは懸命に慣れない岩登りを続けていた。フォアルの誘導がないので自分で足場を探さなくてはならない。ふくらはぎも、二の腕から肩にかけても、手で岩をつかむ力も、すべて消耗しきっていた。
(少し休憩するか)
足をしっかり置いておける岩を見つけ、崖を背にし荷物を前抱きにして寄りかかった。腰かけることができないのがつらい。荷物の一番上にそっと入れたフォアルの様子を確認したが、やはり目は覚めていない。
(どうしたろう、フォアルは。魔力を使いきってしまったのかな)
一口だけ水を飲んで、ドゥナダンはさらに上を見上げた。気が遠くなる。日が傾いているから、そろそろ休める場所を見つける必要がある。数日前フォアルが見つけてくれたようなくぼみはあるだろうか、とドゥナダンはにわかに不安になった。
手に巻いた布を交換して荷を背負い、再度岩に手をかけたその時、ドゥナダンの鼻の先を大きな虫が横切った。とっさに右手ではらい、身体がグラリと傾いた。
「うわっ……」
そうつぶやいた時には、ドゥナダンは宙へ投げ出されていた。
8人の待ち合わせ地点にもっとも早くたどりついたのはケーワイドたちであった。崖の上の大きな常葉樹が目印だ。激しい風にも耐えたらしいのが分かる。
「嵐は散々だったが、どうにかたどりついたな」
ケーワイドはようやく乾いた木々で火をおこしながらアイレスたちに呼びかけた。アイレスは切りたった崖をのぞきドゥナダンを案じている様子だ。ポルテットは茶を入れる準備をしている。
「みんな無事でしょうかね?」
無垢なポルテットの問いかけにケーワイドは「そうさの」としか答えなかった。ずっとケーワイドは聞き耳をたてるかのように何かの気配を探している。アイレスはそのケーワイドの態度が気にかかっていた。隠しごとがあるように見えたのだ。
夕暮れがせまる時分、トールクたちも合流した。皆無事を喜び合っていたが、アイレスは気が晴れなかった。ケーワイドとユーフラが皆から離れて話し合っている。
(何かが起こったのは間違いない。ドゥナダンの身に何か……?)
アイレスはそう思った。




