第二十六話 孤独な目覚め
ひんやりした風が頬をなでる。ドゥナダンはゆっくり目を覚ました。髪に妙な感触が残っている。ベタリとしているような、粘性の液体が乾いてパリパリしているような、気色が悪い感触だ。そして後頭部が裂けるように痛い。
(何が起こったんだったか…)
そう思い頭に手をやりながら上半身を起こすと、背中からフォアルが転がり落ちてきた。そのことについての驚きと、自分の頭が負傷している驚きと、周囲に横たわっている白い人たちへの驚きで、ドゥナダンはわけが分からなくなった。
(白い人に殴られたのは覚えてる。意識が戻って良かった。しかしなぜその白い人が大勢転がってるっていうんだ?)
立ち上がっても支障がないことを確かめ、ドゥナダンは白い人たちの様子を見て回った。全員息があり、怪我ひとつない。眠っているかのようだ。しかしドゥナダンが恐る恐る触っても指1本動かさない。
(間違いなく生きている。しかし死体のようだ)
フォアルも同じ様子だったが、確かに体温があるので心配はなさそうだ。フォアルの足にはケーワイドから預かった小石がしっかりとつかまれている。
「フォアル、これを守ってくれたのか? もしかして白い人たちが気絶してるのもお前が?」
ドゥナダンは両手でフォアルで取り上げ、昨晩露営した場所に戻った。荷物は無事だ。
(白い人たちの目が覚める前に崖を登ってしまおう。夕べ火を焚いたのがまずかったかなあ)
フォアルを丁寧に布でくるみ、背の荷物の一番上に入れた。息が苦しくならないよう、荷物の口は少し開けておく。日の傾きを見ると気を失ってからそれほど時間は経っていないようだった。
(まさか丸1日経っての今なわけではないだろう。そこまで腹は減ってないし)
フォアルの誘導なしで登るのは不安だったが、ドゥナダンはキッと崖を見上げて最初の岩に手をかけた。
激しい嵐に見舞われながらも、白い人本隊の8000人は辛抱強く進んでいた。とはいえ川の逆流や吹きすさぶ風雨に興奮しているようでもあった。
「これが自然の猛威というものなのですね」
フィレックの側を歩く青年たちはずぶ濡れになりながらも、感心して川の様子を眺めていた。
「そうだ。我々が決して知ることのなかった大自然がここにはある」
周囲の者たちも興味深そうにフィレックの話を聞いている。
「なぜ私たちの故郷にはこのような生命力がないのですか?」
「私たちの祖先はなぜあの地に住み始めたのですか?」
白い人がこれほど外の世界に、そして自分たちの土地に興味を持つことはなかった。フィレックは自分の知識を余すことなく白い人たちに伝えていった。
雨が上がり、足止めを食っていた分を取り返そうとばかりに白い人たちが準備している中、翼を持つフーレンは何かに集中している。フィレックがそれに気づいた。
「フーレン、出発するぞ」
フーレンは上流を見つめながらおもむろに立ち上がり、
「崖を下りた27人が倒れた」
とつぶやいた。
「なんだと? どういうことだ?」
無言でフーレンは翼を羽ばたかせて宙に浮き、上流に向かおうとした。
「フーレン! 様子を見に行くのか?」
空中で振り返り、フーレンは小さくうなずいた。そして風のように飛んでいった。
(フーレンがまともな反応をしたのはこれが初めてだ)
フィレックはそう考えながら、一行に出発準備の指示を出していった。




