第二十五話 不安がよぎる
常にない空中の旅を楽しんだ翌日。アイレスたちはとても爽やかな朝の空気に迎えられた。
「ポルテット、水飲む? 酔いは治った?」
「はあー、散々だった。もう大丈夫だよ」
空飛ぶ小舟にはしゃいだポルテットはしたたか酔ってしまったのだ。澄んだ風がありがたい。
「だからじっとしてろと言ったろう。ほれ、その水を貸しなさい。冷やしてやろう」
ケーワイドが指を一振りすると椀の水は一気に冷えた。空を飛んだアイレスとポルテットは、もはやそれぐらいの魔法では驚かない。
「さて、腹を満たしたら……」
立ち上がりながらケーワイドはアイレスたちに声をかけたが、途中で何かに気づいたように動きを止めた。空を見上げた次の瞬間、急に髪が逆立ち朽葉色の光がケーワイドの全身を覆った。火の玉がケーワイドの身体から飛び出し川下へ向かっていった。アイレスたちはポカンとしている。
「え? どうしたんですか?」
振り返ったケーワイドの表情はすでに穏やかであった。
「なんでもない。もう少しで落ち合う地点だ。行こう」
トールクたち4人は早朝に起きだしてひたすらに歩いていた。外套が濡れてしまってわずらわしかったので、長い枝を拾って物干し竿にし、両端をセプルゴとファレスルで担いで乾かしながら歩いていた。
「いやあ、降ったね。こんな雨は初めてだ」
「嵐の後ってなんだかもの悲しいよね。見てよ、この荒れ様」
周囲は一様に荒れていたが、右眼下に切り立った崖と川は上流からの増水と大潮による逆流で壮絶な荒れ具合であった。
ふと、ユーフラが耳を澄ませるように立ち止まった。最後尾にいるトールクがそれを気にかける。
「ユーフラ、どうした?」
ユーフラは全身の力をこめて大地にふんばり、身体中から紫色の光を発した。その光がユーフラから抜け出し、圧縮された風となって上流を目指して飛んでいった。
「何、今の?」
「ユーフラ、何したんだ?」
すぐ前を歩くセプルゴの肩に触れ、ユーフラは少し足元をふらつかせた。額から汗がふきだしている。息を整えてユーフラは3人の仲間に告げた。
「ドゥナダンが襲われたかも。フォアルが助けを求めてきたから、攻撃魔法をそっちの方向に飛ばしたけど……」
トールクたちは息を飲んだ。ユーフラを支えながらもたたみかける。
「それで? その魔法は成功したのか?」
「ドゥナダンは無事か?」
ユーフラは水を飲みながら首を横に振った。
「分からない。わたしだけじゃなくケーワイドの魔法の気配も感じたわ。強力過ぎてフォアルも巻きこまれたかもしれない」
「そんな! ドゥナダンたちも攻撃にあってしまったってことか!」
「そうだけど、一定時間気絶させるだけだから、怪我も後遺症もないはずよ」
トールクは進行方向を見てギュッと唇を噛んだ。
「もう少しで待ち合わせ地点だ。そこでケーワイドを待とう。状況が分からなさすぎる」
セプルゴたちもうなずき、先を急ぐことにした。
フォアルの鋭い鳴き声に耳をふさいだ白い人たちは、自分たちに向かってふたつの光が飛んできていることに気がつかなかった。朽葉色と紫色の光が同時に白い人たちに命中し、27人全員がその場に崩れ落ちた。一言も発する余地はなかった。魔力の余波を受けたフォアルも意識を失い真っ逆さまに落ちていった。ちょうど落下したところにドゥナダンの背中があった。
ドゥナダンもフォアルも27人の白い人も気絶したままピクリとも動かず、累々と横たわっていた。




