第二十三話 フォアルの綿密さ
サァッと風が冷たくなり、ドゥナダンは雨の降り出しはすぐだと思った。その直後、本当に小雨が降ってきた。
「なんとか下にはたどりついたな。フォアル、ちょっと休むか」
小さな相棒にそう声をかけたが、フォアルはしきりに先に進むことを促す。少し進むと岩を縫うように川が走っており、岩を伝えば川を簡単に越えられるようだった。
「まあ、濡れてきたら川を越えるのも危なくなるもんな。行くか」
ドゥナダンはひとり言が多くなっていた。フォアルに話しかけているつもりなのでひとり言ではないのだが、ブツブツ言うくせが抜けないままアイレスに会ったら笑われるな、とドゥナダンは思った。
雨はすぐに激しくなり、この地形一帯を雨雲が覆っているようだった。風も強くなり、進むのが困難だ。
「おい、フォアル! これじゃ進めないよ。休めるところを探そう!」
何度呼びかけてもフォアルは急かすように先へ先へと飛んでいく。フォアルを見失うと危険なので、ドゥナダンは雨ですべる岩を伝ってなんとか川を越えた。フォアルは少し高くなった岩へドゥナダンを導いていく。雨をよける物がないので、ケーワイドから預かった小石の魔力で防壁魔法を出現させた。ドゥナダンもずぶ濡れだがフォアルも全身雨に濡れており、これ以上ないほどぐったりし震えていた。
「大丈夫か、フォアル? 大分冷えてるな」
乾いた布でフォアルを覆って胸に抱いた。フォアルはくちばしを腹側に引き寄せて軽く眠ったようだ。雨はますます強くなり、川は急な流れとなって渦を巻いていた。
(この流れに巻きこまれないように、フォアルは急いでくれたんだな)
フォアルに頬をよせると少し体温が戻ってきていた。ドゥナダンはホッとして外を見つめ続けた。思えば遠くに来たものだ。しばらく思いにふけっていると、川下の方から地鳴りが聞こえてきた。何事かとドゥナダンは息を飲んで少し中腰になって川を凝視した。
(地震じゃないようだし…なんだ?)
胸騒ぎがする。聞いたことのない音だ。ドドドド…、という身体中に響く轟音が近づいてきた。そしてジッと川を見守っていたドゥナダンは自身の目を疑った。すさまじい勢いで川が逆流していたのだ。
(うわっ…、これは、これは……)
もしフォアルが急かしてくれていなかったら。そう考えるとゾッとする。川が逆流するといえば大潮だ。フォアルは今日が大潮だということを知っていたのだ。
「フォアル、ありがとう」
そうつぶやいて軽く口づけすると、フォアルは薄く目を開けチチッと鳴いた。
ドゥナダンを追って崖を下りた白い人27人は、降りしきる雨と水かさを増した川の流れ、そして大潮による激しい川の逆流にあっけにとられていた。白い国は高い山にはばまれて雨はあまり降らないので、わき水も少ないし豊かな川の流れも知らない。雨に体温を奪われるだけでもつらい道程であったが、見るものすべてが予想を超えすぎていて進むことに集中できなかった。
ようやく雨が上がり、東の空に虹が見える。ドゥナダンは目を覚ましたフォアルに携行食を与え、防壁魔法を解いて雨上がりの空を仰いだ。思い切りのびをして爽やかな空気を吸いこむ。川の濁流は収まりそうにないが、風は弱まっているので進めそうだ。
「いやあ、やられたな。フォアル、本当に助かったよ。もうすぐ日が暮れるから、ここより平らな場所を探して休もう。温かい物も少しとりたいな」
フォアルは元気を取り戻し、ドゥナダンの頭上を旋回した。そのまま肩に乗り、頭をドゥナダンに寄せる。
「ありがとう。もう一息だ。行こうか」
生乾きの外套をはおり、ドゥナダンは先を目指した。




