第二話 深夜の会合
一の月が沈むのを待って、極秘の会合が開かれた。今夜は二の月は新月間近なので見えない。灯りも暗闇に吸いこまれていく。村長のセルク・ラムダが到着すると、集会所の正面奥に座していた老人が立ち上がった。くるぶしまである長い外衣をひるがえし、鎖骨のすぐ下まで伸びている純白の顎ひげを一度しごいてゆっくり全員を眺めた。
「皆、お揃いかな」
「はい」
「始めることといたしましょうか」
老人はそれらの返答にうなずき、やおら小さな布の包みを懐から取り出した。
「では、早速これをご覧いただきたい」
机の中央で開かれた包みを囲み、会合の参加者は身を乗り出した。
「これが……」
「本物なのでしょうか? ケーワイド」
ケーワイドと呼ばれた老人は、「分からない」と首を横に振り、再び包みをしまった。
「私も実物を見たことなどないのだが、本物かどうか調べるのは危険すぎる」
「そうでしょうね。自然の均衡が崩れるかもしれない」
「それではすまぬ。瞬時に地が裂け、すべてが火に飲みこまれる危険すらある。そこで、だ」
ケーワイド老が机に左手をかざすと大きな地図が現れた。右手にはいつの間にか、何もない空間から出現した杖が握られている。
「やはり本来あった場所へ返すのが妥当だと思う」
参加者はにわかにざわめきだした。代表してセルク村長がケーワイドに問うた。
「それはつまり、デ・エカルテへと…?」
「さよう。他に道はない」
ここで自警団長が立ち上がった。その顔には動揺が容易に見てとれる。
「ではお聞きしましょう。誰が行くのですか? 我々で?」
「無謀です!」
「荷が重すぎる! ケーワイド、あなたの力でどうにかならないのですか?」
ケーワイドは手元の燭台を見つめ、フッと吹き消した。次の瞬間、人差し指の先に小さな火を灯し、ろうそくに点火した。
「魔法は万能ではないのだ。こんな子どもだましで、この地のすべてを担うことなどできん。私は魔法使いであるからこそ、人の手足でもってこれをデ・エカルテへ運ぶ他ないと思う」
一同を沈黙が襲う。口火を切ったのは村長であった。
「これがウェール村に落ちてきた以上、我々に課された宿命なのであろう。見なかったことにするのはすなわち、生きとし生けるものすべての行く末を無視することとなる。デ・エカルテへ戻すことが最善であるのは明らかだ」
「それは……、承知しています。改めて聞きますが、誰が? 私たちがこの場に呼ばれた意味は?」
「少なくとも私と、私の一番弟子のユーフラは行くこととなる」
ケーワイドの隣に座るアレン・ユーフラは不安げに顔を上げ、しかしただならぬ師匠の決意にすべてを受け入れ、全員に向かって「はい」とはっきり告げた。長いまつげを伏せたが、瞳はまったく揺れていない。
「私は老いており、ユーフラも魔力はともかくうら若き女の身。道中の不安も大きい。やはり自警団員や、狩りの得意な者、力仕事に就く者など、何人か体力のある男性に同行願いたいものだ」
自警団長はそれを聞き、再び椅子に腰かけ、手を組んで身を乗り出した。
「それで私たちが呼ばれたのですね。自警団長である私、同業者組合のそれぞれの長、特に鍛冶屋や弓具屋は主な店の主人がすべて集まっている。我々でふさわしい人物を挙げると、こういうことですね?」
「早い話が、その通りだ」
先ほどから落ち着かない素振りをしていた刀鍛冶ミドレ・テンクスが、ここで遠慮がちに口を開いた。
「ひとつよろしいでしょうか。なぜ私たちが呼ばれているのかを改めてお聞きしたいのです」
ケーワイドと村長は鋭い目でテンクスを見た。
「つまり、剣や弓や槍の扱いに長けた者を挙げよと、私たち鍛冶屋に仰せなのですよね? お考えの通り、鍛冶屋は剣の達人を見知っております。私の店も小さいながら、何人か『お得意さま』がいる。しかしなぜその必要があるのか、ということです。ただの長旅ではなく、武器を扱う人間が必要になる。それも用心棒の域を超えた想定をなさっているのでは?」
コンコンコン、と窓をたたくような、あるいはつつくような音が部屋に響いた。乾いた響きに皆は身を固くし、自警団長はとっさに手近なほうきをつかんで構えた。ケーワイドの目配せにユーフラはうなずき窓を開けた。細く開いたその窓から、1羽の鳥が舞うように入ってきた。かすかに光を帯びた長い尾をなびかせ、悠然とケーワイドの杖にとまり、緊張が解けた一同に向かって一声鳴いた。
「このフォアルが、モクラス山脈の向こうの気配を察知しておるのだ」
数名が勢いよく立ち上がった。そうでなくとも驚愕を隠す者はいなかった。
「白い人がこれの存在を知ったということですか!?」
ケーワイドは鳥を優しくさすりながら苦しげに目を閉じた。そのまま手を懐の上にやる。
「この際率直に言おう。白い人はこの小さな石、『ワールディア』が今ウェール村にあることを知っておる。そしてこれを手中に収めようと算段しとる。彼らが山を越える前に、少数精鋭ですぐにでもデ・エカルテへ出発したい」
危険はないのか。いつ戻れるのか。不測の事態はあるのか。疑問が渦を巻いていたが、ケーワイドの苦しい訴えに対して何も言うことはできなかった。
「無理は承知だ。しかしこの地、ワールディアを守るため、皆の力を貸してほしい。『この者こそ』という人物を挙げてくれんだろうか……」
ユーフラも立ち上がり、師の斜め後ろに粛然と控えた。「では」と自警団長が手を上げる。
「自警団から、サラル・ファレスル。団員の誰もが認める剣の腕前です。それからザック・ポルテット。若いが稀有な脚力の持ち主ですね。どんな道も走破し、どんな壁も飛び越える」
ウェール村でよく知られたふたりの名が示され、全員が納得の表情を見せた。刀鍛冶の面々も顔を見合わせうなずいている。続いて大工の組合長が立ち上がった。
「鳶の者にフレビ・トールクという大男がいる。持久力が飛びぬけており、頑強な男だ」
狩猟の組合長も立ち上がった。
「では飛び道具の扱いに慣れた者を推薦しましょう。弓が最もうまいのはリーズン・セプルゴです。薬草農家が本職で、一行の緊急時にも活躍するでしょう。そしてスウェロ・ドゥナダン」
テンクスは小さく身体を震わせ、組合長を横目で見た。何かを言いかけ、しかしそれを喉の奥に押しこめた。
「この者は槍を器用に使います。剣のようにも使うし投擲も正確です」
ケーワイドと村長は皆の協力に安堵した。
「大変ありがたいことだ。心から感謝する」
「私が彼らを説得することとなろう。しかしもたもたしている時間はない。3日後には出発したい」
ひっそりと会合が終わり、参加者は暗闇の中家路を急いだ。テンクスだけは滅多に行くことのない酒場をひとりで訪れ、赤い衣装に身を包んだ娘の輝く瞳を目に浮かべながら夜が明けるまで酒を飲み続けた。