第十九話 守りたいもの
3点支持、反動をつけず、腕力より脚力を使って…。ドゥナダンはトールクにたたきこまれたこつを忘れないように、ブツブツつぶやきながら崖を下っていった。フォアルはドゥナダンの意思を察しているかのように、足場の多そうな方へ導いてくれる。
「ありがとう、フォアル。最高の相棒だ」
腰かけて休めそうな大きさの岩に座って、息を整えながらそうフォアルに向かって言ってみると、澄んだ声でチチッと応えてくれた。
(魔法が使えたらフォアルが言ってることが分かるのかな)
フォアルの鶏冠をなでながら、ドゥナダンは小さく微笑んだ。
「行こうか、相棒」
少し風が出てきた。雨が降るかもしれない。濡れたらすべるので、なるべく早く崖の一番下までたどり着いておきたい。徐々に慣れてきた。
この長旅にアイレスがついてきたことはドゥナダンにとって大きな懸念だった。事実アイレスは剣の腕も冴えているし結果としては良かったのだが、身重の妻を置いてきたにもかかわらず明るいセプルゴや、大勢の子どもを抱えているのに落ち着いて今の最善を尽くすトールクに、どうしても気後れしていた。何か仲間の役に立てることはないか、その思いがこの険しい道へと進ませた。自分の献身とアイレスの実力で仲間の信頼を得たい。打算的ではあるが、自分を甘やかさない。
(この任務中は守るものを増やしたくなかったんだが…)
ただでさえ危険な旅。命をかけなくてはならない旅。婚約者がそばにいることで気をとられるようなことになってはいけない。ケーワイドは気にしていないようだが、本当にこれでよかったのか、ドゥナダンは自信がなかった。
「フォアルはどう思う? お前には守りたいものがあるか?」
フォアルは何も言わずにドゥナダンの肩にとまって頭をすり寄せてきた。
「…そうだな。いざとなったらアイレスの方が強いんだ、実は。よく知ってるな、ハハッ」
もうすぐ日が暮れる。一番下には着けなさそうだ。どこか身を寄せられる場所を探さねば。フォアルが右の方へ導いてくれるので行ってみると、理想通りの岩があった。洞窟のように奥に向かってくぼんでいる。
「おあつらえ向きだ。でかしたぞ、フォアル」
フォアルはその場で小さく旋回し一声鳴いた。携行食をちぎり、フォアルにも少し食べさせる。ドゥナダンはケーワイドから預かった小さな石を取りだした。
(本当に『ワールディア』そっくりだ。持ち主が願えば光ると言っていたけど…)
そう思ってからしばらくすると、石は淡い青緑色に発光した。さらにしばらくすると、くぼみを隠すように透明な防壁魔法が現れた。
(これなら安全に休める。ケーワイドは……、適当なんだか、慎重なんだか、豪胆なんだか…)
身体にまとわりつく汗をふき、携行食で腹を満たすと眠気が襲ってきた。ドゥナダンは必死にそれに抗い、トールク直伝の方法で筋肉の緊張をほぐすよう脚をさすった。向こう側の崖を登りきるのにあと2日はかかりそうだ。
目が覚めると外は暗かった。
(明るくなっていていい時間のはずだが…)
と思いながらドゥナダンが防壁魔法に近づくと、魔法はひとりでに消えた。黒い雲が空全体を覆い、今にも雨が降り出しそうだ。
「しまった、これは降るぞ。すべるよなあ」
ドゥナダンは手と足に布を強く巻き、携行食をかじって早速出発した。