第十八話 白い国とは 白い人とは
峡谷に沿って上流に向かいながら、ケーワイドは白い国とその住人について、知りうる限りを語り始めた。
「…モクラス山脈が環状に切れ目なく連なっているのは知っておるか? あまりに高く、魔法使いと言えども生身で登れるものではない。そのモクラス山脈の内側でひっそりと暮らしておるのが白い人だ」
徐々に道は険しくなり、上流に向かって登り坂となりつつあった。
「連綿と連なる山々の高さがまた微妙というか絶妙というか、山脈の内側で人が住めるような平地は、日が当たる時間が極端に短いという。土地は痩せており、人々は原始的な生活をし、組織だった営みはなされていないと聞く」
「え? でも、あの車椅子の人が仕切ってましたよね?」
「ふむ、それが不思議なのだよ。しかしその統率も単純で、あのフィレックとかいう男の命令がないと何もしないと思う。ともかくあやつは我々を追って来なかったし、理性的な考えを持っているようだ。人を殺すような命令は出さないだろう」
アイレスは石ころだらけの足元をしっかりと踏みしめながらケーワイドに問いかけた。
「どうしてそんな、貧しい土地に白い人は住み始めたんですか?」
ケーワイドは若干答えに窮する。
「私にも分からない。歴史書でも白い国は空白なのだ」
「言葉は僕たちと同じ言葉をしゃべってますよね」
「ああ。……すなわち、祖先は同じだと考えられる」
忘れられた土地。忘れられた民族。肥沃なウェール村と何が違うのか、アイレスには分からなかった。
「…風が出てきたな」
ケーワイドは外套の前をきつく閉じ、杖にすがって歩を進めた。
トールク、セプルゴ、ユーフラ、ファレスルの4人は、下流にかかる橋を目指してひたすら進んでいった。道と右手眼下の深く切り立った崖は並走している。
「ドゥナダン大丈夫かな」
屈託のないセプルゴの声が一行の雰囲気を明るくする。
「筋がいいから大丈夫だろう。村に戻ったら大工組合に勧誘したいほどだな」
3人より少し歳の離れたトールクが落ち着いて一行を支える。大きな危険のある道程ではなかった。
「あら、雨かしら」
「本当だ。風も強くなってきたし、大降りにならないといいんだけど」
「いや、これは嵐がくるね。見なよ、あの雲を」
真っ黒い雲が前方左手から迫ってきている。雷がとどろく低い音も聞こえてきた。ユーフラが傘のように防壁魔法を出現させる。
「便利だな、魔法ってやつは」
「教えましょうか? わたしも弟子が欲しいと思ってたの」
「誰でも修行すれば使えるわけ?」
「可能性は誰にでもあるわ。潜在能力をどう使うかは修行次第ね」
皆感心してユーフラの話を聞いている。
「白い人に翼がある人がいたろ? あの人はなんだろう?」
「とんでもなく強力な魔法使いだと思う。あの人数を一瞬にして移動させるなんて、ケーワイドにも匹敵するわ」
暗く濁ったあの目を思い出し、ユーフラは視線を落とした。
「腕がなかったよな」
「その分魔力に力が行っているのかも」
「そういうこともあるのか」
「…急ごう。嵐がきたら進めなくなる。少しでも距離を稼がなくては」
トールクにうながされ、一行は先を急いだ。稲光が走ってからしばらくし、空を覆うような轟音が追いかけてきた。




