第十七話 三手に分かれて
切り立った崖はゴツゴツした岩が張り出しており、一度手を滑らせたら命取りだ。ドゥナダンはこれから挑む崖下りを想像し唾を飲んだ。
「いいか、ドゥナダン。とにかく足場の確保だ。10歩先まで考えて経路を選ぶんだ」
「…はい!」
鳶のトールクは入念にドゥナダンにこつを指南している。
「他の者もここからは足場が悪くなるら、履き物はきつくしておくようにな」
今までは柔らかい土の道が続いていたが、下流へ行く道も上流へ行く道も石ころだらけの道になる。
「捻挫した時にはこの薬草をすりつぶして使うといい」
「ありがとう、セプルゴ。助かるよ」
「私たちも少しもらっておこう。さて、行こうか」
アイレスは昨晩のドゥナダンの一言が気にかかっていた。トールクには子どもが5人いて、セプルゴやファレスルはこの旅に必要だ。それは、ドゥナダンはその人たちより価値が低いということ? 囮にふさわしいというのはそういうこと?
「……ドゥナダン」
3方に分かれようという1歩手前で、アイレスはドゥナダンに呼びかけた。
「なんだ? アイレスも気をつけてな」
「ドゥナダンに何かあったら死ぬほど悲しむ人がいるってこと、忘れないで」
ドゥナダンは涙目になるアイレスをその場で抱きしめ、額に口づけした。
「分かってる。愛してるよ」
アイレスもドゥナダンの頬に口づけし、身体を離した。
「気をつけてね」
「大丈夫だって、今生の別れじゃあるまいし! こんな崖、なんでもないよな? ドゥナダン」
セプルゴが明るくドゥナダンの背をたたいた。朗らかな声に励まされる。
ドゥナダンはフォアルを供に崖下りへ、ケーワイド、アイレス、ポルテットは上流の船着き場へ、トールク、セプルゴ、ユーフラ、ファレスルは下流の橋を目指して三手に別れていった。
ケーワイドたちは延々上流を目指して順調に進んでいった。ポルテットが見たことのない草花に興味を示し、ケーワイドが丁寧に説明をする。アイレスはドゥナダンの身を案じて沈みきっていた。
「アイレス、大丈夫? 元気ないね」
ポルテットの笑顔につられ、アイレスは無理に微笑んだ。ケーワイドは歩みを遅くし、アイレスの横についた。
「白い人たちは多分……、ドゥナダンに追いつくだろう」
アイレスはビクリと身体を震わせた。白い人があの無表情でドゥナダンに襲いかかるのを想像してしまった。
「しかし案ずることはない。フォアルが守ってくれるし、彼らは恐らくドゥナダンを殺めることはない」
根拠がなさすぎる。アイレスはそう思った。
「彼らには強い動機も、合理的な思考もなく、中心にいるフィレックという男の命令がないと動かない。あやつの脚が悪いのは見れば分かるな? 足場が悪いからフィレック本人は崖を下ることはできないだろう」
それが、白い人がドゥナダンを殺さないという理由になるのだろうか。
「白い人には憎しみもなく、悲しみもない。だから、人を殺すほどの強い感情もない」
白い人とはどのような存在なのか。アイレスはモクラス山脈を隔てた白い国を意識したことはなかった。ポルテットも興味深げに話を聞いている。ケーワイドは一息ついて、白い国のことを語り始めた。