第百二十二話 デ・エカルテへ2
フーレンがいなくなった今、白い人たちは生身しか頼るものがなくなった。この星ワールディアの魔力の中心であるデ・エカルテに入るには心もとない。
「もう連中はキリ山に着いているのでしょうか?」
フーレンとケーワイドの塚にそこらから摘んだ花を供えながら、ゾーイはフィレックに問いかけた。
「どうだろうな。しかし、奴らはデ・エカルテに着いたらどうするつもりであったのか、私は知らないんだ」
「そういえばそうですね。偵察を出しますか?」
「そうだな……」
フィレックは西方で噴煙を上げる火山をぼんやりと眺めた。ケーワイドたちがキリ山に『ワールディア』を封印するつもりなのは知っていたが、誰がどうやって封印するのか、具体的なことは何も分からなかった。山に封印するというのもよく分からない。何をもってして封印するのか。魔法か、もっと別の方法か。魔法だとしたらケーワイドとユーフラ亡き今、誰が主導するのか。デ・エカルテの住人はどう関わるのか。そもそもデ・エカルテにはどんな人が住んでいるのか。いや、むしろ人は住んでいるのか。
「偵察を出すにしても前情報が少なすぎるな。デ・エカルテに詳しい者を取りこめればいいのだが」
「ここタウロン村なら周辺の地理に明るい者がいるでしょう」
「しかし騒ぎを大きくしてしまいましたからね。本当は一刻も早く退散したいぐらいだ」
民家や畑に被害は及んでいないものの、強力な魔法使いふたりの戦いの爪跡は随所に見られた。
「立ち止まっていても仕方がない。ひとまず行きましょう」
全員がフーレンの塚を見る。
日がささず常に薄暗いモクラス山脈の内側にあって、フーレンは異質な存在であった。魔法を使えるのもフーレンただひとりだったし、腕の代わりに翼があるという見た目も相まって人を寄せつけなかった。他の白い人たちは感情豊かになったが、フーレンは最期まで笑うことはなかった。それでもフィレックは何度かフーレンの涙を見た。
「…行こう」
フーレンにとって、自分の存在意義を見出だすのはどんな時だったろうか。もっともフーレンが生き生きしていたのは、ケーワイドやユーフラと魔法で対決している時であった。
(フーレンは救いを得られただろうか。私は、力になれただろうか……)
死人に口なし。風に耳をすましてもフーレンの気配は感じない。
雑木林を抜けると、幅のある崖になっていた。正面にキリ山、麓に木々が生い茂り、その周りに草原が広がっていた。どうやら屋敷があるようだ。
「どう降りますか?」
「崖を滑り降りるしかないでしょう。フィレック様は私が背負いますよ」
「車椅子は私が担ぎましょう」
昨日キリ山が再噴火した直後には、フーレンの魔法で崖の下まで移動したが、今は自力でどうにかするしかなかった。とはいえここまで来ている27人は白い人の精鋭なので問題はなかった。
崖を降り終え落ち着いたところで露営を張る。どこまでも裾野を延ばしているキリ山の背後に夕日が沈んでいく。火山灰で山際が輝いていた。
「………」
「…どうした? ゾーイ」
ゾーイだけでなく、何人かが暮れ行く空を見ながら頬を濡らしていた。
「いえ、ここがデ・エカルテなのですね……」
風すらも光っている。