第百二十一話 葬送
バァン、という爆発音と共にケーワイドとフーレンを囲んでいた防壁魔法が崩れたが、フィレックと白い人を覆っている防壁魔法はびくともしなかった。
「フーレンッ! フーレーーン!!」
「フーレン様ー! くそっ、なんて防壁魔法だ!」
何度も殴るあまり、皆の手は赤く腫れ、血が出ている者もいた。しかしケーワイドの魔法は強固でどうにもならなかった。
ケーワイドは大爆発の直前、自分の杖に防壁魔法をかけた。そのためケーワイドの魔力は残り、フィレックたちを囲んでいる防壁魔法はしばらく消えずに彼らを守った。しかしそれも徐々にもろくなり、ついにてっぺんから消えていった。もう衝撃波はやんでいるが爆風は辺りを荒れ狂っている。白い人たちはすぐさまケーワイドとフーレンの元へ急いだ。土臭い煙で視界がきかず、爆発で吹き飛ばされたか、なかなかふたりとも見つからなかった。
「フーレン様ーーっ!」
「ご無事ですかー!」
皆と共にそう呼びかけながら、無事なはずがないとフィレックは思っていた。地面がひときわ陥没している場所で2~3人が、
「いたぞ!」
「フーレン様だ!」
と叫ぶ。その続きがない。生きているならそう言うだろう。キュッと唇を噛んでフィレックは車椅子を転がし近づいた。地面がぬかるんでうまく進めない。もうもうと舞う煙に混じって肉の焼ける匂いがした。
「…状態はどうだ?」
もはや「具合はどうだ?」とは聞けない。予想した通りフーレンは焼けただれて死んでいた。正面から爆風を受けたのであろうことが分かる。
「ああ、なんてことだ…」
「フーレン様……」
淡緑の翼は背中できちんと折りたたまれていた。泥で汚れ端が焦げているが、あの炎の中にいたとは思えないほどきれいだった。今にも羽ばたきそうだ。
「……翼を守ったのでしょうか…」
「そうなのかもな…」
ほどなくしてケーワイドも見つかった。目を背けたくなるほど血まみれになって焼け焦げ、右腕と右耳はどこかへ行っており、腰から腿にかけてえぐれていた。左の足首より下も見当たらない。杖だけが白いまま地面にささっているのが不気味だった。
「………」
さすがにフィレックも絶句した。
(防壁魔法が頑丈だったのは私たちを守るためだったのではないか? こんな魔法をまともに食らったらひとたまりもない)
ゾーイが顔をしかめながらケーワイドの胸元を探り、
「ありませんね、『ワールディア』は」
と言った。
「当たり前だ。この魔法を受けていたら『ワールディア』も無事ではすまない。それを見越して別の者に持たせたのだろう」
「あの亜麻色の髪の女だな。追いますか?」
ケーワイドの魔法で露わになった目を伏せてフィレックは、
「……いや、それよりフーレンを埋めてやろう。ついでだ、ケーワイドも、な」
とつぶやいた。
「分かりました」
粗末な武器で作業するしかないが、白い人たちは黙々と墓穴を掘り進めていった。脚がないため手伝えないフィレックは、フーレンとケーワイドの焼けた顔を布でふいた。溶けたように赤黒くただれた皮膚を治すことはできないが、血だけでもきれいにしたかった。
フィレックにとって、目の前で人が死ぬのはもちろん初めてではない。白い国では、飢えて病にかかり、ろうそくの炎が消えるように死んでいく者も大勢いた。しかしそのような死は日常的なものだ。こんなふうに魔法対決で大爆発を起こして、などとは想像したこともなかった。真っ白いフーレンの肌が痛々しく膿んでいる。それに反して翼がきれいなのが空々しく不自然だ。ケーワイドは損傷が激しく触れるに堪えないが、白目をむいたまま半開きになったその目を見たら、とても気味悪がる気分にはなれなかった。そっとまぶたを閉じてやり、右耳が根こそぎ吹き飛んでいるあたりを丁寧にふいた。
(どうしてこんなことになったのだったか…)
無言で地面を掘る白い人たちを夜明けの陽光が照らす。霞がかったタウロン村の空気と、淡く光りながら降りつもる火山灰が、フィレックたちの心をどこまでも沈めていった。




