第百十八話 シエル・ラウダムス・デ・エカルテ
軽やかな足どりでアイレスたちを屋敷に連れてきたリリイとシシイは、門番にも歌いながら挨拶し、大門を開けさせて中へと案内した。屋敷の壁も、屋根も、火山灰と同じ色に淡く発光していた。辺り一面まぶしくなってしかるべきだが、目に入るものすべてが霧がかかったようにぼんやりとしていた。
そのままアイレスたちは広間に通される。
「この地の長、シエル・ラウダムス・デ・エカルテ様がお待ちよ」
リリイはそう言って扉を開けると、そのまま5人を送り出して下がった。
「私たちだけで行くのか…」
とトールクがつぶやき、先頭に立って広間の奥の椅子に腰かけた人物に近づいていった。アイレスたちもトールクに続く。
「ようこそ、デ・エカルテへ」
歓迎の言葉を述べて立ち上がった人物は、丈高い女性であった。ファレスルと同じくらいの背丈だ。黒い髪を肩より上で切りそろえており、茶色い瞳には歳ふる樹木の年輪のように長い年月が刻まれ、それでいて生まれたての星のように輝いていた。
「わたしはシエル・ラウダムス・デ・エカルテ。ここを治めて2000年ほどね。よく来てくれました」
2000年と、ことも無げに言うその女性を改めて見上げ、アイレスたちは息を飲んだ。自分より若くも見えるし、10000歳だと言われても信じられるようにも見えた。しばらく沈黙が続く。重い空気を破ってトールクがひざまずいた。
「お初にお目にかかります。ウェール村から参りました、フレビ・トールクです」
あわてて全員ひざまずき、セプルゴ、ファレスル、アイレス、ポルテットの順に挨拶した。
「そう固くならないで。奥の応接の間に行きましょう」
広間の横から延びている細い廊下を抜け、一行は落ち着いた雰囲気の部屋へ通された。「さあ、好きに」と促され、全員長椅子に腰かけた。リリイが運んできた茶の芳香が全身にじんわり染みてくる。何から話したものか、トールクが迷っているのを察してラウダムスが口火を切った。
「……ここへ来るのは8人だと聞いていたけれど。ケーワイドは? 一番弟子の女魔法使いを連れてくると知らせもくれたわ。あなたのこと?」
鈍く光りながらも闇のように深い目に見つめられ、アイレスは大きくかぶりを振った。
「いいえ、魔法使いだなんて、そんな。ユーフラ…、あ、というか、ケーワイドは……」
アイレスがそこまで言うと、トールクがアイレスの膝に手を置いて続きをさえぎった。
「ケーワイドの一番弟子のアレン・ユーフラは、エッセル町を過ぎた荒野で白い人との戦闘によって…、亡くなりました」
「…そうだったの。会えるのを楽しみにしていたのだけど、残念ね。ケーワイドは? それからもうひとりいるのではないの?」
再度沈黙になり、空気が沈む。
「ケーワイドはタウロン村で白い人にひとりで立ち向かい……、私たちはケーワイドを置いてここまで来ました。彼はおそらく……」
「…ああ、やはりそうなのね。昨日の明け方、この星から偉大な魔法使いの気配が消えたわ。もしかしたらと思っていたけど、やはり……そうなのね」
そのままラウダムスはうつむいて両手に額を乗せた。アイレスは意を決して懐から小さな包みを取り出し慎重に机に置いた。そちらを見ずにラウダムスが問う。
「『ワールディア』ね?」
「…はい。ケーワイドが最後の最後にあたしに持たせてくれました」
ラウダムスはやおら手を伸ばし包みを開いた。いつもと変わらず小石は内側から淡い光を放ち、青緑を基調としながらも時折黄や紫にも色を変えた。ラウダムスは「ありがとう」と小声で言い、花を慈しむようにしげしげと見つめた。
「これをキリ山に封印するのにケーワイドの魔力をあてにしていたのだけど、工程を考え直さなければならないわね」
そしてそっと懐にしまった。
「げにうつくしゅう、めでたきかな。なべてこともなきにみゆる。ワールディアの豊かさは誰にも崩させはしない」
ワールディアの豊かさ、という表現が気にかかった。アイレスが飲みこまれそうな深さを秘めた目を見つめていると、
「この星のことは、これを見れば分かるのよ。なんてことはない石だけれど、このちっぽけな石『ワールディア』は、この星ワールディアそのものなのだから」
とラウダムスは静かに告げた。




