第百十七話 不思議な歌声
日も沈み、セプルゴたちもかなり長い距離を歩いてしまったので、草原の真ん中だが野宿をすることにした。
「負ぶうのに邪魔だから外套を置いてきたんだった」
「あれれ、トールクまったくの手ぶらじゃないですか」
「ふたりも背負ってたんだものね」
ほぼ着の身着のまま、手になじんだ愛用の武器ぐらいしか持ってきていない。アイレスは髪すら結っていなかった。
「食べ物は? これだけ?」
「明日中に屋敷に着けるかな」
「走れないからなあ、微妙だね」
なけなしの水で唇や舌、喉を湿らせて渇きをごまかす。
「腹が減るから寝てしまおう」
「ですね」
淡く光る火山灰のせいで辺りはぼんやり明るい。寝不足で移動し続けクタクタだったアイレスたちは、横になるとすぐに眠りの海に沈んでいった。
「………、……よね? …こし…しょうよ」
「……だな。…っと……を見てよう」
小鳥のささやきのように耳に心地よい声が真上から聞こえてくる。夢うつつでアイレスはその声が歌に変わっていくのを聞いた。歌声は妙なる響きになり、音色が粒になって雨のように降ってくる。
あな父なる天よ、母なる地よ
すべからく我が祈りを聞き給ふべし
我らは長き歳月を忍びてきたり
己のわざにて幸ひ得んがため
目を覚ますと、仰向けに寝ていたアイレスのすぐ頭上で、同じ顔がふたつ見下ろしていた。息がかかりそうなほど顔が近い。
「………っ!!」
驚きのあまり身体を弾くように素早く起き上がった。
「起きたか、アイレス」
そうクスクス笑うファレスルの両隣に男女がひとりずつストンと腰を下ろした。
「え? ファレスル、そのふたりは?」
ふたりともアイレスぐらいの歳に見えた。長い巻き毛の女性はニッコリと明るく笑って自ら名乗った。
「あたしはラジュレ・リリイ。こっちはシシイよ」
そう言って自分と同じ顔の男性を指差した。双子だろうか。今度はシシイと呼ばれた男性が口を開いた。
「デ・エカルテの歌い手、と言ったらいいのかな。歌いながらデ・エカルテの様子を見て回ってるのさ。先に起きていたトールクたちから聞いているよ、ミドレ・アイレス。ウェール村から遥々、大変だったね」
シシイもリリイも喉の奥が反響しているような不思議な声だ。
「アイレス、ふたりが屋敷に案内してくれるって。食べ物もないわけだし出発しよう」
「立てるか?」
トールクに支えられ、セプルゴとポルテットも立ち上がった。
「さあ、デ・エカルテの長があなたたちを待っているわ。ここまでの長い道のりを、聞かせて…ちょうだい……」
語尾に節をつけてリリイは歌いだした。いつの間にと感じるほど自然にシシイの声も加わった。歌声に虫や小鳥が追随し、風の音すら旋律に合わせて高く低く抑揚をつける。ふたりの歩いている周り、いや、響きが届くところすべてなのであろう、そのすべての草花が輝きながら芽を伸ばして花を咲かせた。
「すごい……。魔法、なのかな?」
ポルテットはファレスルに支えられながら見下ろし足元を凝視したが、気安く触れる気にはなれなかった。ふと思いついて懐に持ってきたルウェンナの花を取り出すと、つぼみがひとつ増えており、見る間にほころんだ。




